16 愛が痛い
違う。コレジャナイ。
俺はテーブルの上に鎮座して無言で三人を見上げた。
「そっか。モルモルはぴーちゃんになりたかったんか」
「とてもイケメンだよ~、オマタ」
俺のくちばしをつつきながら、クロイツがしきりにそっかぁそっかぁと頷いている。俺は噛みついてやる気力すら起こらずに、ただされるがままで、呆然と窓から遠くの空を見上げた。
今度はセキセイインコにされた。(図3参照)
《図3》
ああ、外が明るい。帰ってきたときは夜だったはず。なんでこんなに明るいんだ。
そういえばさっき、クロイツが目覚めるのにだいぶん時間がかかったとか言っていたな。てことは、次の日か? どういうことだよ、ちくしょう。減俸だ。無断欠勤だ。女の子に逃げられた上に、金にも仕事にも逃げられるのか。
俺の欠陥を治すってのはどうなったんだ。ハムスターになったりセキセイインコになったりするのが、その治療になるのか。
「これで遊ぶか? ぴーちゃん」
なにがぴーちゃんだ。意地でもぴーと鳴いてやらん。
クロイツが『かじりーずいぐさロープ』と書かれたおもちゃを持って、俺の目の前でゆらゆらゆらす。
ふんっ、一人で遊んでろ、と思ったが、体が覚えているとはこういうことなのだろうか。悲しいかな無意識のうちに俺の体はいぐさロープに向かって飛びかかっていった。
「おっ、ぴーちゃん、これ好きか!」
「かじりーずシリーズはね、化学肥料を使っていない熊本県産のいぐさを使用しているから安全なんだよ~。しかも染色、漂白なしときたもんだよ」
至極嬉しそうにそよそよちゃんが説明書を読み上げる。
そんないぐさで編まれたロープに足をかけて、これまた無意識のうちにカジリつく俺、セキセイインコ。
「ほら、喜んでいるでしょう」
「さすがシオンだよ」
「やはり死因は重要だね。さっきのハムスターは高齢での窒息死だったけど、こっちのは生後一年での心臓発作だったから」
「そっか。やっぱり若い体の方がいいもんな」
いや、違う。俺は若さがどうの言っていたんじゃない。ばっさばっさと翼を羽ばたかせるも、三人はぽかんとして俺を見つめるのみ。
そういえば、セキセイインコって人の言葉をしゃべれるんだよな。さっきのハムスターよりはましか。
俺は頑張って人語をしゃべろうと口を動かしてみた。だが、ジャジャ、グジュ、ゲチャ、という汚い声しかでない。舌の動きが難しいな。
だが、体が覚えていると同じように、舌が覚えているとはこういうことなのか、当然のように二酸化炭素が吐き出されるかのごとく、嘴の間からするりと声が漏れてきた。
「……ウンコ……」
震えた。自らの愚かなる所行に全身が総毛立ち、羽毛が逆立った。セキセイインコになって初めてしゃべった言葉が、ウンコ。
「わあ~い」
そよそよちゃんが快哉を叫ぶ。
「お、おい、シオン、この鳥ウンコってしゃべったぞ!」
なぜかクロイツまでもが至極嬉しそうに声を上げる。
インコと子供は、覚えて欲しくない言葉こそ覚えるものだと聞いたことがある。この鳥も例外ではないようだ。
違う、言いたくて言った訳じゃない、勝手に舌が動いたのだと言おうとしたが、
「……ウンコ……ちんちん」
と言葉が出た。白目を剥いた。この鳥の飼い主、絶対小学生の子供だな。必死に毎日ウンコちんちんと話しかけては、母親に怒られていた姿が目に浮かぶ。
「う、うわぁーい! この鳥ウンコちんちんっつった!」
目を輝かせてクロイツが両の腕を天に向けて突き上げた。
だから違う、舌が勝手に動いたんだ、と言おうとしたら、
「きんたま」
もうアウトだろ、これ。自分につっこむ気にもなれやしねぇ。
「ぴーちゃんはそういう言葉が大好きなんだな」
そりゃお前だろ。
クロイツとそよそよちゃんがきゃっきゃきゃきゃと喜び、これでもかと両手を打ちつける。肛門期かお前らは。そよそよちゃんはまあ許すとして、クロイツはアホとしか思えん。
うんこちんちん言っただけで大喝采だ。いい人生だな、セキセイインコ。最近ブームらしいしな。俺もう人間やめよっかな。あ、もう既に人間じゃないのか。もう今の俺を俺と呼んでいいのかすらわからない。
しかし、俺を人外にしておいて、どうするつもりなのだろう。そうだ、俺の体はどうなったんだ?
そう、俺の体……。
そのとき、俺の背筋に冷たいものが走った。そして、一瞬で奴の目的を理解した気がした。
おそらくクロイツは、俺の体を乗っ取るつもりなのだ。
アイツのあのボロボロの体がその証拠だ。おそらく俺というクローンを作った理由は、今の体が限界に来た時に新しい体に乗り換えるためだろう。
実際こうやって、俺の魂をハムスターや鳥に入れることができたのだ。今度は自分の魂を、俺の体に入れるのだろう。あの枯れ木のような体を捨てて。
このままではセキセイインコのまま殺されるかもしれない。良くて一生鳥かごの中だ。
こんなことってありえるのか。ありえない。溢れ出てきた疑問を即座に否定してみるも、現実に俺はセキセイインコになっている。俺が俺でなくなっている。俺の体はどうした。俺は一体どうなるんだ。
だが幸い、クロイツはまだもとの体に入ったままだ。だとすれば、まだ俺にも元の体に戻るチャンスはある。
俺はジャ、ジャ、と苦しげに鳴いて羽を膨らませ、具合が悪いような仕草をしてみた。それから、いぐさロープを嘴でかじりほどき、わらで『SOS』と書いた。
この体は駄目だ。合わない。とりあえず人間に戻してくれ。そう目で訴える。
「何? この顔文字」
バカモノよく見ろ。ただの顔のない文字だ。
「くち、開けてる顔では」
シオンが冷静に分析する。だが残念不正解だ。
「オゥってことか?」
「目がくねくねしてるの?」
「嬉しいのか哀しいのか分からない」
「埒が明かないな」
三人して首をかしげながら、わら文字と俺を交互に見ている。馬鹿ヅラしやがって。このくらい分かるだろうが。逆に馬鹿にされている気分だ。
そろそろいいかげんにしとけよ。宇宙人めが、国家権力に刃向かう気か。警察官はみだりに暴力を振るわないとかタカくくってると、怖い目に遭うぞ。
こうしてくれるわ! 俺は渾身の力でい草ロープを噛みちぎった。口の中にい草の香りが広がって少しまったりしかけるが、そういう場合ではない。
これでもか、これでもか。
俺の嘴が暴力と言う無慈悲な火を吹く度に、ロープは無惨にもボロボロになっていく。
ふふふ、宇宙人め、恐怖に声も出ないとみた。あまつさえ、俺はそのボロボロになったロープを死体を踏みにじるがことく、蹴散らしてやった。
恐竜の名残として鱗模様のある強靱な足が無慈悲にもわらたちを踏みつぶし、引き裂き、バラバラにしていく。我が怒りの炎により、やがてこの地は焦土と化すであろう。数本のわらたちは、砲弾に飛ばされ砕けちった名もなき兵士の肉塊のように、『SOS』の文字の上に落ちた。
よく見てみると『SOS』は『@O@』に変わっていた。
「驚いているみたい」
シオンが呟いた。
いや、俺は驚いてはいない。
「ぴーちゃん、おもちゃに大喜びだな」
いや、大喜びもしていない。
駄目だ。このスットコ宇宙人どもには、俺の恐ろしさがまるで理解できないのだ。
作戦変更。やっぱり仮病だ。それしかない。
俺はうっうっ、と急に苦しみだしたふりをして悶えてみせた。ここは一発、ゲロでもかましてやろうと体を上下させたら、わりとあっさり粘性を帯びた粟やら稗やらが、嘴の間からこぼれ出てきた。唾を吐きかける要領で、それを目の前で俺を観察しているクロイツの顔に吐き出してやった。
びちゃり、とクロイツの口元にべたべたのインコゲロが飛び散った。
ざまぁみろ。と思ったが、なぜだかクロイツがぽっぽと顔を赤らめて、恥ずかしそうに俺から目をそらした。
「ぴーちゃん、そんなに俺のことを……」
はっ?
「ぴーちゃん、とっても情熱的なんだよ」
はあっ?
「吐き戻しはセキセイインコの求愛行動」
シオンが『セキセイインコと楽しく暮らす本』に目を落としながらそう言った。
「雄のセキセイインコは、雌のセキセイインコに戻したご飯をプレゼントします」
やや低めのシオンの声が冷たく部屋に響く。
「ごめんな、ぴーちゃん。俺は受け取ってやれねぇ」
「きんたま……」
俺は悲しさのあまりわずかな語彙から一番強烈な人間語をつぶやき、よろよろと倒れこんだ。心の傷があまりにも深すぎたのか、体がぴくぴく痙攣する。
「あっ、ぴーちゃん!」
「なんか様子がおかしいね。魂と体が合わないのかも」
「そうか、死んじまったらいけねぇな。じゃあ一旦、元の体に戻そう。もう一回くらいは大丈夫だ。体はまだ腐ってないな」
「折りたたんで、冷蔵庫に収納してある」
「よし」
そうか、俺んちの冷蔵庫には、俺の死体が入っているのか。おまわりさんこいつです。
重い、と言いながら、冷蔵庫から土気色をした俺の死体を引きずり出しているクロイツを見て、俺は「ウンコ……」と呟いた。
はらりと涙が一粒零れ落ちたが、すぐにふかふかの羽毛に吸収されてわからなくなった。




