14 パンツは履いたままでよいのか
「お股って発音やめろ。『お』にイントネーションを置け」
と叫ぶも虚しく、俺のズボンはうら若き乙女の手によって、見事に引き摺り下ろされてしまった。
女の子達の眼前で無様に下半身を晒す俺。もう、オムコに行けない……ん? あれ? パンツは履いたままでいいのか?
「オマタ、アンタ今、ぱんつはいたままでいいのか、とか思ったろ?」
最後の砦を確認する俺の耳元でクロイツがあざ笑う。
「卑猥だよ」
俺の股間を眼前に屈み込んでいるそよそよちゃんまでも、蔑んだ目で俺を見上げている。
「ぶら下がってるもののサイズで人物確認するほど、俺は物好きじゃねぇよ」
「私もそんなもの、見たくない」
「そよはモノによる」
いや、だってさ、今の状況ならパンツまで脱がされるって思うのが普通だろ? ……いや、普通じゃないのか?
恥ずかしすぎて、あらゆるところから様々な物が漏れ出しそうだ。
三人が俺を取り囲むように前と後ろに配置して、股間下で何やらごそごそと話し合っている。シオンが小型のバッグから、無機物の言葉が聞こえてきそうな、青ぶちのメガネを取り出した。三人はそれを交互にかけて、剥き出しになった俺の内股部分を、何かを探すようにまじまじと見ている。これが視姦か。
この状況で俺はただされるがままに、大人しく立っているしかなかった。いつ終わるんだ。視線がかゆい。
このときクロイツがおでこにかけたメガネをずり下ろし、「でこでこでこりーん」と呟いたが、俺は突っ込む余裕もなく、この状況から現実逃避をすべく、教育テレビがEテレと呼ばれるようになったのはいつからかと考えていた。
「あった。正解だ」
「どれどれ~? あ、ホントだ。見事に正解なんだよ」
「本人確認終了だね」
なんだなんだ、俺の股間に何か別のものがついてたのか? まさか間違って股間に寄生した寄生獣がいるのか? ……右にだったらミギーでいいだろうか。いや、パンツは履いたままだからそこまでは分からないか。
俺はおそるおそる三人が見ていた内股部分を見てみたが、当たり前のようになにもなかった。
「コレ掛けて、見てみて」
シオンがさっきまで掛けていたメガネを差し出した。黙って受け取ったメガネは、人肌に温まるには装着時間が短かったせいか、ひんやりとしている。
怪しいと思いながらも、おしゃれだとはお世辞にも言えないその青縁メガネを装着してみた。部屋を見渡してみると、度は入っていない。見える景色も変わらない。
ごくり、と緊張のせいか喉が鳴った。例え地球外生物がついていようとも、驚かない。
そう心に決めて、ゆっくりと内股の部分を見てみると……。
「なんと! 正解だ!」
そこには、「せいかい」と書かれた文字と、不細工なダルマのような絵が浮き上がっていた。 (図1参照)
《図1》
「そのメガネを掛けないとわからねぇように細工してんだ。俺が開発した人間あぶり出しだ」
ライポンで軽くこすると消えるぞ、とクロイツが得意げにふんぞり返り、どうだまいったかと笑う。
ふざけんな。コレ誰がどう見てもイタズラ書きだろうが。
「人の体にダルマなんて書くな!」
「ダルマじゃねぇ! 鳥だ!」
「もう少しマシな印とかあるだろ!」
「正解って書いた方が分かりやすいじゃねぇか!」
「だったらなんでダルマまで書く必要がある!」
「ダルマじゃねぇ! 鳥だ!」
「ライポンなんて今時売ってねぇ!」
「だからこそライポンにしたんだよ! 簡単に消されないように!」
「なんでお前が知ってるんだよ、ライポン!」
「アマチュア無線で一般的な洗剤だって聞いたんだよ、ライポン!」
「どこに売ってるんだよ、ライポン!」
「知らねぇよ! 自分で探せよ! ライポン!」
「はいそこまで。本人確認終わったし、そろそろ」
少し本気の入った口げんかに、シオンが冷静な口ぶりで割って入ってきて、クロイツが俺をひと睨みしてから「そうだな」と忌々しげに言った。
ま、待て。なにもそんなに急ぐことはないだろう。手術は日を改めてもいいんじゃないか。はいでは今すぐ腹を開きます、なんて言われて、はいどうぞなんてそんな簡単に決心がつくはずもない。
「ちょ、待ってくれ、手術の承諾書とか……」
狼狽える俺の首筋に、なにかが触れるような感触がした。なんだ、と思う間もなく、呼吸が詰まり、突如として視界が真白になる。
「往生際が悪い」
シオンの声が聞こえる。足に力が入らない。体から力が抜けていく。引きずり下ろされたズボンを足にひっかけたみじめな格好のまま、俺は顔面からフローリングに倒れこみ、鼻面を強打した。
どうやら、シオンが俺の首の後ろ辺りに、何かをしでかしたらしかった。痛みは無いので、銃で撃たれたとか、刺されたとかいうわけではないようだ。それよりも倒れたときに激突した鼻のほうが痛い。泣きそうだ。
「すぐ終わるからさ。安心して寝ていてくれ」
崩れ落ちていく意識の中、ぼんやりする鼓膜の向うで、クロイツがそう呟いた。
嘘だったのか? 少しだけ、サクっとしてグチャっとしてネチョっとしてブスっとやってギリギリっとするだけってのは、真っ赤な嘘だったのか! 痛くしないって言ったのは嘘だったのか! 優しくするって言ったのは偽りだったのか! この偽装宇宙人め。少しでも気を許した俺が馬鹿だった。
もうすでに恐ろしく鼻が痛い。先週、アキに顔の形が崩れる程度の力で平手打ちされたのと同じくらい痛い。
「ちゃっちゃと済ませちまうか」
「例のものはすでに用意してある」
「流石仕事が早いよ」
だんだんとやつらの声すらも、壁を隔てた向こうで発せられたかのように、よく聞き取れなくなってきた。
俺は薄れゆく意識の中で、このオリジナルに復讐してやろうと誓いつつ、ライポンの販売元がどこだったかを考えていたのだった。




