13 ケツがなんだって
「わ~、久しぶりだよ~」
「久しぶり、そよそよ。よかった無事合流できて」
ちょっとイントネーションが変わっているが、女の声のようだ。ドッペルが振り返り、大きな声で「おう」と叫んだ。
「少し迷った」
現れた人物は二十代そこそこといった感じの、日本人らしくない赤銅色の髪をした女の子だった。染めているのかとも思ったが、その色は不自然なものではなく、玄関から差し込む月明かりに照らされて、髪の毛の一本一本がごく細い銅線のように輝いて見える。肌は透き通るように白く(しかしドッペルより健康的)、目は銀色だ。あいつが灰色の瞳だとしたら、それを輝かせたような色。これはまた、明らかに日本人っぽくないというか、地球人っぽくない。うん、宇宙人だな。
地球はどれだけ宇宙人の侵略を許せば気が済むのだ。地球のセキュリティは崩壊している。
「見つかったの」
女の子が俺に向き直ってそう言った。無表情が怒っているようにも見える。
見つかってしまったのか、見つけることができたのか、どっちの意味なのか。はたまた俺に言ったのか、ドッペルに言ったのかわからなかったが、「失敗しちまった」とドッペルが言ったので、それはおそらく彼に対する発言であったのだろう。
なにを言うでもなく、女の子が俺をじっと見つめる。表情が読みとれないので、見つめられている意味もわからない。
「クロイツ、君って人は」
「あ、そうなんだ。ちょっと相談がある。そよそよと一緒にこっち来てくれ」
クロイツ、そよそよちゃんもそう呼んでいたが、それがドッペルゲンガーの名前なのか。そのクロイツが女の子二人を引っ張って部屋の隅に連れていき、またしてもそこにしゃがみ込んでこそこそと話を始めた。ちらちらとこちらを見ながら話しているところを見ると、十中八九俺の話なのだろう。
「……いやだからさこそこそ……、あれはまずいってもにょもにょ」
「え……、本当に……」
「なんてことだよ……」
「ということでぼそぼそ……、失敗しないようにぽにょぽにょ」
「それなら……、仕方がないけど」
「そこは……こういうことでいいんだよね?」
「そうそう……こういうことで」
「じゃあその通りにもそもそ」
「わかった」
「合点承知の助だよ」
一致団結するように三人がそれぞれ見つめあって頷きあい、すっと同時に立ち上がった。
「悪りぃな、待たせて」
「なんだよ。俺に聞かれたくない話なのかよ」
「ああ。手術の話しだからな」
「手術……」
欠陥を直すと言っていたあれか。やはりこの子たちも科学者仲間で、俺の手術に立ち会うということなのだろうか。
「改めて紹介するな。こいつは科学者仲間の……」
「シオン」
すっと彼女が一歩足を踏み出した。隣にいたドッペルゲンガーが、なにか言いたげな顔で彼女の横顔を見ている。
「よろしく」
無視するわけにもいかないので、カッパ手をごしごしとズボンにこすりつけて、差し出された白い手を握ると、見た目とは裏腹に意外にも温かかった。
「シオンさん……。よろしく」
「シオン、でいいです」
「じゃあ、シオン」
よろしく、なんて、我ながらばかな挨拶だと思う。勝手に俺を作り出した科学者の仲間だぞ。おそらくこの子もきっとマッドなサイエンティストだ。
「そういや俺、お前の名前聞いてない」
俺はドッペルゲンガーに向き直った。名前以外にも色々問いただしたいことがあったが、うやむやになってしまった。さっき「クロイツ」って呼ばれていたから、多分それが名前なのだろうが、こいつの口からちゃんと自己紹介願いたい。
「俺はクロイツ。クロイツ・サフェイエス・ぺトラケツァル・N・現欧・ラグナレク・トゥシエ」
うむ! 覚えられん。
というか、ケツがどうの辺りから聞いてなかった。
「アンタは男全春夏秋冬に違いねぇな」
「……ああ」
俺の名前はオマタヒトトセ。男全と書いてオマタ。春夏秋冬と書いてヒトトセ。小俣ではなく、直接的に小股でもなく、男全というところが、そこはかとなく卑猥な感じがする。
しかし、オリジナルはやけに長くてかっこいい名前だな。俺はオマタだぞ?
オ・マ・タ。
「この名前も、お前がつけたのか?」
俺の問いかけにクロイツが首を振った。
「いや、俺の友人が一晩かけて考えついた。地球人、それも日本人にふさわしい美しい名前だろう。春夏秋冬だなんて」
「オマタの方は?」
「春夏秋冬があまりに格好良すぎたから、ちょっとお笑い要素を入れてみた」
「お前がだな」
「そうそう」
クロイツがへらりと笑う。
だんだんわかってきたぞ。こいつは俺で遊んでいる。
ところで、全国のオマタさんには申し訳ないが、俺はこの名前がイヤで仕方がない。小学生の時「お股」と言ってからかわれた記憶が……ん? もしや……。
「お股って言われて、小学生の時にいじめられたっつー記憶も作り物か!」
「本物っぽいだろ?」
「お前が作ったんだな」
「そうそう」
そうか。わかった。みなまでいうな。こいつにはSF小説の王道の道を歩ませてやろう。
そんな俺たちのやり取りを見ていたシオンが、まるで子供のケンカを見ている母親といった風に見つめて小さく笑ったのに気がついた。
どことなく、嬉しそうな哀しそうな顔で。そして何故か、寂しそうな目をして。
それは反則だろう。そんな顔をされると、怒るに怒れない。どうしてだか分からないが、シオンには逆らえない雰囲気があった。いや、そうじゃないか。俺は女性に対して逆らえた例がないんだ。ふとアキの「マザコン」という言葉が、心と頭の痛みを伴って蘇り、俺は必死に頭を振って、そいつを脳裏から追い出した。
いやいやいや違う違う違う。俺はヘタレでもマザコンでもなんでもない。ただちょっと心が弱いだけだ。
「よし、シオンとそよそよと合流できたことだし、オペを開始したい!」
ドッペルゲンガー、クロイツが俺に向き直り、やけに真剣な表情をしてこちらを見た。先ほどまでとは打って変わって、妙に神妙な目つきをしている。あまりに真剣なそのまなざしに、思わず動悸が速まった。
始まるのか? 治療というやつが。こうなりゃもうどうにでもなれだ。ぎりぎりっとでも、さくっとでも、するっとでも、どうにでもしろ。と言いたいのはやまやまだが、やはり怖いものは怖い。それにまだ手術の承諾書に判も押していない。
「ちょ、待て」
片手を突き出して制止の言葉を投げつけると、クロイツはいぶかしげな顔をして首を傾げた。
「本当に俺か」
「へ?」
クロイツが鳩のように首を突き出した。
「本当に俺はお前のクローンなのか。ただ似ているだけじゃないのか。間違って手術なんて訴訟ものだぞ」
なんだそんなことかと鷹揚に笑うクロイツの横で、そよそよちゃんとシオンも大きく頷いている。
「ちゃんと確認するって。世界には似ている人が三人はいるっていうし、間違えないようお前に目印をつけておいたんだ」
「目印?」
製造ナンバーかなにかだろうか。クローンを造った順に番号つけてるとかいうやつ、映画とかSF小説でよく聞くよな。
俺は服をめくったり腕をまくったりして、今自分で見えうる範囲の皮膚を見てみたが、ナンバーらしきものはどこにも書かれていなかった。
「目印ってのはどこに……」
体中を確認する俺の目の前に音もなくシオンが歩み寄ってきた。息がかかるほどの近さに思わず顔が赤くなる。
「なに、どうし……」
「本人確認」
突然シオンが俺の目の前でかがみこみ、「そいや」の声とともに、その細い指でズボンのベルトを外しにかかった。
「ぐえっ? ちょっ! うわ! 何! やめろ!」
さっと手でガードするも、シオンはその手をはねのけて作業を続けようとする。かちゃかちゃとなにかを予感させる淫猥な音が狭い部屋に鳴り響く。そよそよちゃんは期待に満ちた目をして、俺の股間を凝視している。
おおおおおい。若い女の子が何してんの! そしてちょっぴりハズカシ乙女な俺。
「クロイツ、オマタの体、抑えてて欲しい」
「おう」
クロイツが「ヒヒヒ」と意地の悪い笑みを浮かべながら、後ろから俺を羽交い絞めにする。パニックになりかけている俺は、ただ手足をばたつかせて、うろたえるばかりだった。
「わあー! 何すんだわあぁー!」
暴れる俺をそよそよちゃんが下から見上げる。
「何を喜んでいるんだよ。オマタ」
喜んでねぇ。




