10 俺、死ぬかも
「あいつらにお前の存在を……。俺のせいだ。……ごめん」
ぷるぷる唇を震わせながら謝るな。怖い。怖すぎる。まるで俺が死んじゃうみたいじゃないか。
「お前、死ぬかも」
おおおおおおい。
あっさりと言ってのけた彼の肩に激しくつっこみを入れてみる。だが、ドッペルゲンガーの顔は青いままで反応は鈍い。一体全体どういうことだ。
「黙っておこうと思っていたんだけどよ……でも、あいつらに知られてしまったのなら仕方がない」
諦めたように、ドッペルゲンガーが首を左右に振って、小さく息をついた。絶望を感じさせるその仕草に恐怖を感じ、耳をふさいでこの場から逃げ出したくなった。
「実はお前、俺のクローンなんだ」
「ファッ!?」
ダチョウクラブのやー、のポーズのまま、俺は硬直した。
クローンって、牛とか猿とかマウスでよく聞くやつか? さすがにその内容は電波飛ばしすぎだ。
「つまり、俺のクローンで、遺伝子をいじって、髪と瞳を黒くして、地球に放してあげたのが、アンタ」
一遍聞いただけでは全く理解できない、というような内容ではない。十遍聞いても到底理解できない内容だ。電波法を知っているか。これは違法電波だぞ。よし、逮捕しよう。
それから彼は混乱する俺の目の前で、まじめな顔をして話し始めた。
要するに、信じるかどうかは別として、このドッペルゲンガーは遠い宇宙からやってきて、俺はこいつを元に造られたクローン人間ということらしい。
俺がドリーだってさ。クローン羊。迷える子羊ドリー。
ドリーの末路がどんなだったかを知っている人間が、地球上にどれくらいいるだろう。俺もそういう道を辿るのかな。なんとも哀しい話ではないか。
誕生すぐに短いテロメア。劣化した細胞。誤転写の多い遺伝子。早死に。
俺は動揺していることを悟られないように、震える手でスプーンをきつく握り締め、カップの中の黒い海をかき混ぜた。ゆるゆると波打つ液面に液体ミルクを注ぎいれると、くるくると白い尾をひきながら、渦巻きが描かれた。
回転だ。ぐるぐる。
ニーチェの思想永劫回帰。
フィギュアのターン。
地球の自転。
俺の思考回路。
ぐるぐるぐるぐる。
「アンタと俺が似ているのは、俺がクローンだから……」
「そうだ。でも完全には似せていない。アンタを俺に完全に似させなかったのは、地球人として適合させるため。髪を黒くするとか、地球人に適合させるためにいじった遺伝暗号以外は、全く一緒だ」
そんなことができるわけがない。そんなの映画の中の話じゃないか。俺の反応を見ていたドッペルゲンガーが、あ、と言って人差し指を立てた。
「でもいくら遺伝子が一緒でも、蒙古斑はねぇな」
人差し指を俺に向けてぷっすーと笑った。もとはと言えば誰のせいだ誰の。それにあのときはお前だって驚いてひっくり返っていただろうが。思い出したら、また尻が痛くなってきた。畜生。
「あのサングラスたちは宇宙警察だ。俺の星ではクローン作成を規制している。でも、俺は科学者だ。知的好奇心には勝てずに、こうしてアンタを造ってしまった。だから、奴らは法を犯してしまった俺を捕まえようとしている。そして、アンタのことも……」
本当にすまなかったとドッペルが頭を下げた。いや、でも、こいつが造ってくれなかったら、今の俺はいなかった訳だし……、とか、こいつの話を信じてしまっている俺がいる。
「アンタが捕まれば、きっと消される」
耐えられないというように唇を噛みしめ、くっ、と唇から息を漏らして、ドッペルが俺から目をそらした。
消される、の言葉に俺の心臓が一度大きく脈打った。
「でも俺はアンタの親も同然だ。あいつらにお前を渡す訳にはいかない。それで、えっと、実は、さっき気がついたんだけど、アンタを見ていたら、思わぬ欠陥が見つかった。それを直さなければなんねぇ。じゃねえと、分子崩壊を起こしてしまう」
ドッペルゲンガーが目を上下左右に泳がせながら、妙に大振りなジェスチャーをしてみせた。
怪しすぎる。嘘をついている典型の動作だろ、これ。
しかし、万が一こいつの話が本当だとすれば、俺は遺伝子組み換え生物らしい。自然界の敵だ。となると、遺伝子組み替え大豆のように、非遺伝子組み替え作物と隔離するとか、規制をくわえなければならないのか。なんてこった。
「直すって、どうやって?」
ドッペルがまっすぐに俺を見て頷いた。
「安心しろ。少しだけ、サクっとしてグチャっとしてネチョっとしてブスっとやってスルスルっとしてギリギリっとするだけだ」
安心できん。
「痛くしない。優しくする」
そういう問題じゃない。
「俺と一緒に地球に来た助手の科学者仲間がいるんだが、途中ではぐれちまって。さっき携帯電話でここの場所を教えたから、そいつと合流でき次第、オペを開始したい」
さらっと言い放ち、俺に両手の甲を見せたかと思うと、オペ直前の医師のまねをした。手をわきわきと動かすな。まったく違法電波にも程がある。
それにしても、とドッペルゲンガーが細い首をかしげた。
「アンタ、自分がクローンだって知ったら、もっとショックを受けるかと思ってた」
「ん? ああ、ショックだよ。これが本当の話ならな」
「オレの話、信じてねぇの?」
「普通はな、信じないだろうな」
ちょっと信じちゃってるけど、悔しいからそれは顔には出さない。俺は挑発するように、ドッペルゲンガーを見て鼻で笑ってやった。すると一瞬、奴は少し困ったような、哀しそうな目で俺を見た気がした。
しかしそれも瞬きをするより短い間のことで、すぐに目の前の相手は口を尖らせて、不満げな声を漏らした。それは明らかに聴きなれない言葉だったが(多分宇宙語だ)、不満だと言うことが、顔やら仕草やらに表れていたので、多分俺の悪口かなんかだと思う。「ばか」とか「石頭」とか「現実を見ない」とか。
あ、コレ全部昔の彼女に言われた言葉だ。こんなこと思い出させるな。腹の立つ野郎だ。
俺、なんだかんだで、混乱しているのかな、と自分に問いかけ、そうだと自分で即答する。多分、今起こっていることの、三分の一も理解できていない。実感もない。夢なら覚めろ。現実なら少しだけ泣く時間をくれ。
理解できていないということは、理解しようと思っているということだよな。結局のところ、俺はこれが現実であると思ってしまっている。目の前にいるこいつがどこか懐かしい気がするのは、俺の本体だからなのだろうか。
じっとドッペルを見つめると、彼は小さく笑ってから、さっと目をそらしてしまった。
俺は白と黒の混ざり合った泥のようなコーヒーを、無理矢理胃に流し込んだ。抑え込んだ溜息と共に飲みこんだそれは、全く味がしなかった。




