二月の寒空の下、相撲を取るという愚かしさについて(四)
残酷描写あり!
パシイイイイイイイイイイイイイイイイン
甲高い音が辺りに響いた。ヘッドホン越しにも聞こえたのだろう。永遠ちゃんも驚いた顔で本から目を離しこちらを見ている。
「アアアアアアアッ!!」
予想もしていなかった痛みだったのか野太い悲鳴が神主の口から洩れた。神主は痛みのあまり体をのけぞらせ顔を歪ませている。僕はここぞとばかりに神主を枠外へと押し出そうと神主に組み付く。神主はひるみ、力が弱まっていた。チャンスだ・・これでいっきに枠外に押し出して勝て・・・ない。
神主は思いの他重く、枠内の俵までは押せたがそこからびくとも動かない。土俵際で俵に足をつまらせ、なんとか耐えているようだった。僕の脳裏に、僕の廻し姿を見た永遠ちゃんが「ハッ!もやしがぁ・・」と呟いたことがちらついた。これでは・・勝てない・・。
神主の目に力が戻る。さきほどより強い憎しみが込められた強い目。神主は僕を突っ張り、少し離したところで腕を振りかぶり、僕が先ほどとしたことと同じような張り手を繰り出した。
バシイイイン
さきほどと同じような、だけど力強い音が響く。
「アアアアアア!!」
たまらず僕は叫んでいた。痛い・・まさか寒さで強張った肌を叩かれるのがこんなに痛いだなんて!こんな痛い事を他人に対してしたんだ・・・・報いを受けて当然だ。神主は胴体に僕の手形をつけたまま薄気味悪く笑う。ざまあみろ、まるでそう言ってるようだった。
だけど・・僕は勝負の最中だというのに彼女を見る。行司だというのに彼女は不安気な顔をして僕を見つめていた。そんな顔しないでほしい。お前は、楽しんでいればいいんだ。
「オオオオオオオオオオオオッ!!」
僕は叫びながら神主に突進する。雄々しく人間らしく。神主はそんな僕を見て、また張り手を繰り出してきた。よほど最初の一撃がこたえたのだろう。神主は自分がされたくないことを繰り返している風だった。だが、僕はあえてよけない。僕の背中に神主の張り手が突き刺さる。だけど僕は止まらない。こんな痛みを与えるだけの張り手なんて・・ハウス君が耐え忍んでいた炎はこの程度の熱さではない!!。神主は驚いた顔をしていた。僕は突進する。神主の足をめがけて。確かに体重差のハンデはあるだろう。だが片足ならどうだ?しかも力の乗った張り手をするために突き出し、体重を乗せてしまっている右足と対をなす左足なら!!。僕は神主の左足を手に取り力任せに持ち上げた。
「ヤメロオオオオオオオオオオオオオオ」
神主は抵抗した。だけど僕は振り回されながらも決して左足から手を離さない。
「ハナセエエエエエエエエエエエ」
ついに神主はバランスを崩し、土俵に手をついてしまった。神主は信じられないという顔で僕を見上げている。勝った・・。僕は神主を見下ろす。
彼女が僕の方へ向けて勢いよく軍配を上げた。
「小豆山の勝ちー!!」
今考えたのか分からない四股名をこれでもかという大声で叫びあげる。
「やった!やった!勝ちましたー!!」
彼女はそう言うと行司の仕事はどこにやら僕に抱き着いてきた。
「やりましたね!すごくいい勝負でした!いやーかっこよかったですよ!」
「ありがとうございます。早く何か着させてください。」
僕は彼女にこんなふうに褒めてもらうのが初めてだったので少し照れてしまっていた。というか行司に抱き着かれる力士ってどうなんだろう・・・。
「褒めてしんぜよう!褒めてしんぜよう!」
彼女は興奮冷めやらぬようで、お殿様みたいな言葉を連呼して僕を振り回す。振り回されている最中に横目に神主がトボトボと茂みに歩いて行くのが目に留まった。その足取りはどこかあやしく。なぜか僕は不安を覚えた。
「今日はお祝いですね!永遠ちゃんもいることですし、味噌ちゃんこ鍋にしましょうか!!」
ヘッドホン越しに聞こえたのだろう。永遠ちゃんが味噌という言葉に体をピクっと反応させた。本を読みながら涎を垂らし、開けた本をビチャビチャにさせている。どれだけ味噌に飢えているのだろうか・・・・。神主は茂みの中でかがみ、自分で持ってきた鞄をガサゴソと漁っているようだった。
「あぁ・・でも家焼けちゃいましたからね・・・そうだ!私の実家でしましょうか!お父様もきっと喜んでくれますよ!」
いや、そこまでしなくても・・・逆に申し訳ないし・・。神主が茂みの中から這い出てきた。手には包丁が握られていて・・・そして、包丁を突き出すと物凄い勢いでこちらに向かってきた。神主の唖然とした行動に僕は反応が遅れてしまっていた。
「お祭りですねー♪お祭りお祭り~♪」
僕に抱き着いている彼女は神主とは逆側に向いていて神主の奇行にまったく気づいていない。僕だけが彼女の体越しに神主が見えている。彼女の体越しにだ。このままでは彼女が神主に刺されてしまう。彼女は物凄い力で僕に抱き着いていて離せない。神様だから刺されても大丈夫?だけど、ダイジョウブじゃなかったら?そんなの考える暇すらない。神主が突進してくる寸前で僕は彼女と体の位置を入れ替えた。
ドスっ!
背中に強い衝撃が加わった。僕は彼女を守る様に覆いかぶさる形で倒れ込む。彼女は何が起こっているのか分かっていないらしく、キョトンとした目で僕を見つめている。
ゴスッ・・背中に強い衝撃がもう一度加わる。僕の背に馬乗りになった神主がもう一度刺したようだ。そして引き抜き、もう一度。僕はたまらず彼女の上に倒れ込んだ。
「え・・・?どうしたんですか?」
彼女の不安気な声が耳元で聞こえて、すぐに
「きゃあああああああああああああああああああ」
悲鳴が聞こえた。そして背中がふっと軽くなる。どうやら神主が僕の背から離れたらしい。
「オマエラガ!オマエラガワルインダカラナアア」
動物の雄叫びのように神主が叫ぶ。カタンと僕の目の前で神主に投げ捨てられたであろう包丁が地面で跳ねた。その包丁は赤く濡れていた。
僕は神主の手から包丁が離れたのを見て、彼女の上から体をずらすように動かす。体から流れた血が背をつたって彼女の行司服を赤く染めていた。
「あっ血が・・あっ・・・あっ・・・」
彼女が僕が刺されたところを必至に抑える。だけど、血はとめどなくあふれてくるようで、僕の廻しが赤くなっていく。そんな僕等を見て、神主は正気に戻ったのか。階段の方へ向かって一目散に走り出した。僕は薄れゆく意識の中で走る神主の背を見つめる。逃げられる・・・まだアイツは一言も謝ってはいない。だけど、追いかけるにも体が動かない・・。
ガタン
永遠ちゃんの座っていた椅子が倒れた音がした。永遠ちゃんは神主を回り込むように追いかけていっていた。その姿はゴキブリを捕食するアシダカグモを彷彿とさせた。みるみるうちに神主に追いついていく。永遠ちゃんは神主の真横にたどり着き、勢いそのまま神主の横顔めがけてミサイルキックを繰り出した。神主の首は僕が今まで見た事もないくらい伸びきり、そのまま永遠ちゃんと一緒に倒れ込む。神主はピクリとも動かなくなってしまった。ノソリと永遠ちゃんだけがその場から起き上がり何事もなかったかのように体についている砂をパッパッと手で掃う。手で掃っている最中に、2度ほど神主の胴体めがけ本気キックをかましていた。神主からはまるで反応がない。死んでしまったのかもしれない・・・。
気が済んだのか、永遠ちゃんがゆっくりこちらに歩いてくる。手にはいつのまにか僕の携帯が握られていて、僕に近づくと僕の顔の横に向かってその携帯を放り投げた。電話しろということだろう。救急車なのか警察なのか、またはどちらともなのか。とりあえず僕は震える指で119番を押す。
あ・・・ちょっと待て・・この状況なんて説明すればいいんだろう?神様が見えなかったらオッサン二人が相撲で喧嘩して負けたはらいせに包丁でめった刺し・・・?え・・?え・・?これでいいのかな・・?意識が遠のく。廻しは僕の血で真っ赤になっていた。震える声で僕は説明する。自分でも何を言っているのかよく分からない。
「絶対に絶対に死なせませんからっ!!!」
薄れゆく意識の中、彼女のそんな心強い声が聞こえた気がした。そうして僕の意識は途絶えてしまった。




