二月の寒空の下、相撲を取るという愚かしさについて(三)
「わざわざこんな茶番に付き合ってくれてありがとうございます」
「お前ら一体なんなんだ?!なんのつもりなんだ?!これがなんになるっていうんだ?!」
僕にもよくわからない。神主も僕が無言のままにいることで、まともな答えなど持ち合わせていないというのがわかったのだろう。こちらの答えをまたずして
「お前らが言いだしたんだからな?!俺が勝てば火をつけたことは水に流すんだな?!」
まるで、そこだけが大事だというように大声を出す。それは僕等が神主と相撲を取ろうと提案した際、約束した取り決めだった。そして僕が勝った場合には
「えぇ、でも僕が勝ったら神様にちゃんと謝ってくださいね」
「誰がお前らなんかに・・・・」
そう言って神主はまた独り言をブツブツ言い始めた。そう、僕が勝っても神主は彼女に謝るだけだ。だからこの相撲に大した意味はない。たんに神様を楽しませるためなのかもしれない。ある意味相撲らしいのかもな・・茂みの中、神主と背中合わせで廻しをつけている間の、気まずいやりとりだった。
話は戻る。
「あなた・・相撲のルールも知らないのですか?!自分から言いだしたくせに?」
「すいません・・」
僕は怒られていた。行司の彼女に廻し姿のままで。なんだろう、滅茶苦茶恥ずかしい。
「この仕切り線にお互いが両手をついたら開始するんですよ!!よくそんな事も知らずに、今までのうのうと生きてこられましたね!!」
もはや、どちらの味方かわからない・・。いや、行司として、どちらの味方でもないのだろう。さきほどの取り組みは相手から目を離した僕が完全に悪いのだと彼女は力説していた。一昔前なら殺されてましたよ?と吐き捨てるように言われたのだが、いつの時代のことだろう・・?彼女はわかりやすいよう、実践して何度も何度も両手をつき、「こう!こう!こう!」と教えてくれる。その姿を見て、僕は申し訳ないとしか思えなかった。神主はそんな僕等を侮蔑の混じった眼で見下している。
彼女は一通り僕に伝わったと感じたのかスラリと立ち上がり、パンパンと手についた土を払う。
「良かったですね!私が行司で!観客だったら座布団ないし椅子投げてましたよ!ほら!永遠ちゃんだって怒ってますよ!!」
彼女はそう言って永遠ちゃんを指さしたが、当の永遠ちゃんは本に目を落としたまま、こちらに向けて手のひらをクイクイと上下に動かしただけであった。その動きは勝手にどうぞと口以上にモノを語っていた。
「ほら!あきれすぎて、興味なくしちゃったじゃないですか!!」
いや・・・あれは最初からだよぉ・・?
「次、こんな失敗したら、まずは練習ですよ?!いいですね?!」
彼女はそう言うと、行司としての立ち位置に舞い戻る。神主の間に妙な緊張が走った。もしここでしくじってしまえば、この姿のまま練習・・?しかもこの熱気だ。どこまで長引くかわからないぞ。神主が僕を本気で睨む。次はしっかりやれよ・・と。君はいいじゃないか・・免除される可能性もあるもの・・・。
「見合って見合ってー時間いっぱい待ったなしです」
待ったなしかよ・・。なんでだよ・・。
だが、そんなことを考える時間さえない。目の前の神主は両手を地面にすでにつけていて、あとは僕を待つだけの状態だった。勝つ自信があるのだろう。相撲での体重差というのは、とても大きいハンデとなる。僕と神主の体重差は見た目だけで20キロほどの差があるだろう。それに、神主は相撲の経験があるのかもしれない。こんな意味の分からない勝負に乗り、なにより廻しをなんの迷いもなく着付けていた。僕は何度か練習を必要としたというのに!!
普通に相撲を取れば、僕は負けるだろう。だけど、僕には秘策があった。それは、この寒さを逆に利用した限定技だった。
「僕が勝ったら謝ってくださいね」
僕は神主を睨みつけ最後の確認を入れる。
「お前らぶっ殺してやる」
もはや、会話にすらならない。彼女が私語は慎みなさいと注意を入れてくる。
僕は神主を睨みつけたまま地面に両手をついた。
神主が思いっきり勢いをつけて突進してきた。力だけで押し切れると踏んでいるのだろう。だけど、相撲も僕もそんなに甘くない。僕は神主が突進してくるであろうことを読んでいて、両手をついてすぐ、手を思いっきり振りかぶらせていた。つまり張り手である。だけど、普通の相手を押し出すための張り手ではない。振りかぶり鞭のようにしならせ、相手の体に這わせるように叩きつける、いわばビンタに近い張り手だ。
神主が突進するよりも早く僕の張り手は神主の胴体におもいっきり炸裂した。寒空の下、寒さで強張った神主の肌からパシィィンと甲高い音が響きわたった。
「のこったのこったのこったー!!」
彼女は楽しそう。




