二月の寒空の下、相撲を取るという愚かしさについて
僕は遠くの山を見つめていた。どうしてこんなことになったんだろう・・?考えずにいられない。季節は2月の半ばに差し掛かるところであった。もうすぐ春がくるとはいえ、気温は10℃を下回っており、当たり前だが死ぬほど寒い。そんな中、廻し一枚で過ごしているのは、今日この日を持ってして日本全国くまなく探しても数えるほどしかいないだろう。修行なのか、そういう宗教なのか・・・。はたまた馬鹿だからか。僕達はもちろん後者だ。馬鹿じゃなかったら何を好き好んでこの2月の寒空の下で相撲を取ろうなど愚かしい行為に身を投げ出すものか。僕は遠くの山を見つめ続ける。目の前で廻し一枚で震えている神主と決して目を合わせぬよう配慮しながら。
相撲と神様の関係というのは、とても深い。日本神話で神様同士が戦ったものが相撲の起源とされているぐらいだ。相撲とは日本の神道に基づいた神事であり、健康と力に恵まれた男性が神前でその力を尽くすことで、神々に敬いと感謝示す行為とされている。つまり、日本の神様は相撲が大好きということだ。彼女もその例外には漏れなかったようで
「か、神主とあなたが相撲・・?そ、それいいですね!!ぜひやりましょう」
聞いた瞬間ノリノリだった・・。シリアスな空気は一変した。だから・・僕の提案は間違ってはおらず、肉体面や精神面にかかる負担を考えれば、格闘技において、試合の勝敗がハッキリしていて、なおかつ勝負が早くに決する相撲はベストなチョイスだったと我ながら感心していたのだ。そう次の日までは。僕は舐めていたのだ。彼女の相撲好きを。
僕が提案した次の日には、土俵を彼女と作らされた。土をまき、寸法を測り俵を埋め、彼女の指導の元、一週間を過ぎる頃には、僕等の神社にわりと本格的な土俵が出来上がっていた。だが、彼女はこれだけでは満足しなかった。土俵ができた次の日、僕等の元に何かが届いた。僕はなんだろう?と思い中を確認すると、廻し二つに、行司のセットが入っていた。(ちなみに行司とは相撲の審判を務めるアノ人だ!)
「こ、これ、なんですか?」
僕は、この時自分の提案が愚かだったと初めて気づいたのだ。そう相撲の正装とは廻し一枚である。場所がなかったとはいえ、屋外で相撲を取るなど愚の極みでしかなかったのだ。土俵を作っている間は自分が言いだしたことだし、仕方ないかと考えていたのだ。なにより土をいじり、土俵を作るのが少し楽しかったのだ。出来上がった時には彼女と、はしゃいでしまったのだ。だが、この届け物を見た瞬間、そんな記憶はどこかに吹き飛んだ。なんとかして彼女を止めないと・・。その思考が僕の頭の中をグルグル廻る。
「廻しと行司のセットですよ?相撲なんです当然ですよね?」
「・・・どうしたんですかこれ?」
「買いました」
「え・・・?いくらで?」
「全部で50万くらいしました」
「そんなお金・・どこから?」
「お賽銭です」
最悪の神様だった。ちなみに内約は、廻し一万円×2ほど行司セットが、45万ほどらしい。もう僕が後には引けない状況はすでに出来上がっていた。
神主は、彼女の神力ですぐに見つかった。彼女の恐ろしさはハウス君に飲み込まれていた時に、刻み込まれているのだろう。僕が事情を話し、彼女が脅し、相撲で全部決着をつけようと言うと、なんとか承諾した。この時、廻しの兼は一切触れていない。神主は当日廻しを渡され、屋外で吹き曝しになっている土俵を見つけ、すべてに気づくのだ。サプライズというやつだ。
そして話は冒頭に戻る。僕は遠くの山を見つめていた。前方には太った中年男が廻し一枚でプルプル震えている。斜め前方では行司の恰好をした神様である彼女が
「はっけよーい、のこったのこった~~!」
元気よく発声練習をしていた。




