彼女は神様(二)
「あなたは、ハウス君と一緒にどこかに隠れていてください。すぐ終わります」
彼女はそう言うと、階段の方に向かって歩いて行った。僕はたまらず彼女を引き留めようとする。
「どこに行こうというんですか?!」
「決まってるじゃないですか?神主のとこですよ」
彼女は僕等に振り向くどころか、歩みを止めようともしない。僕はハウス君を抱えたまま、彼女を追いかける。後姿だけでも、彼女が怒っている事が伝わってきた。今まで僕が見た事もないくらいに。
「何をしにいくんですか・・?」
そんなことは僕にだってわかりきっているというのに・・・。だけどこのまま彼女を行かせてはいけない気がした。
「分からせてあげるんですよ」
「なにを・・?」
「私がなんなのかってことをです」
彼女は階段に足をかけ、ゆっくりゆっくりと下って行った。なぜだか僕には、彼女が階段を下りるにつれ、別の存在へと書き代わっていくように思えた。
ここで、彼女の手を掴むなりして、引き留めようと思えばいくらでもできるはずだ。だが、体が、本能がそれを拒む。それに無理して引き留めたところで結果が変わるとは思えない。だけど・・・
「今更、神主のところに行ったって、どうしょうもないですよ・・一旦落ち着いてから考えましょ」
「ハウス君が殺されかけたんですよ?そんな舐めた真似されて落ち着いていられるほど、私は出来た神様じゃない。」
彼女は止まらない。ゆっくりゆっくりと成っていく。まるで人間と決別するように置き去りにするように。
「でも、こうして生きてるじゃないですか・・ダメですよ・・報復なんて・・」
彼女が歩みを止めて、こちらを振り向いた。
「あなただってっっ!!死んじゃうところだったんですよ?!!」
その時、地面が揺れ始めた。地震・・・振り向いた彼女の向こう側で街の明かりがポツポツとつきはじめる。
その時見えた彼女は、おっきな目を見開いて大粒の涙をポロポロこぼして泣いていた。声こそあげないものの、その表情は悲しいやら悔しいやら様々な感情が入り混じり滅茶苦茶になっているかのようだった。たぶん、彼女は神主の事を、まだ心のどこかで神職者だと思っていたんだろう。だけど、こういった形で真っ向から裏切られ、最早自分ではどうしようもできないくらいに心がズタズタになってしまったのだろう。地震はすぐに治まった。街の明かりを背景にした彼女はとても美しかった。
「私はこんなふざけた真似をされて、黙っていられるほど愚かでも惨めでも哀れでもない」
彼女はそう吐き捨てるとまた、階段を一歩ずつ下りはじめる。
きっと、彼女は神主を殺すだろう。当たり前のように絶対的な力を持ってして。まるで神話にでてくる神様のように。そう、そうして彼女は本物の神様になるのだ。全ての者から敬われ畏怖され信仰される本物の神様に。
僕に、彼女を止めるほどの何かがあるだろうか?僕だって神主に対して、報復してやりたいという気持ちはとても強い。だけど、待ってほしい。神主だって、わけもわからないうちに閉じ込められ、自分の住処を知らないうちにわけもわからないやつに奪われたのだ。確かに放火はやりすぎとはいえ、人間視点から見れば悪いのはこちら側だろう。このまま彼女に神主を殺させてしまえば、僕は彼女とこのままの関係ではいられなくなるきがする。たぶん、どちらともなく離れていくことだろう。僕は・・それが嫌だった。そして、僕が行動するのはそれで十分だ。
「僕にやらせてください」
人間同士、僕が神主と決着をつける。
「あなたに何ができるんですか?いいから、どこかでじっとしててください」
彼女は止まらない。どうすれば・・彼女を止めることができるのだろうか・・・僕は必至に考える、彼女の事を。いつも笑っていて、たまに抜けていて、暴力的だけど、ホントは優しい彼女のことを・・。
「神主と決闘します!」
彼女の歩みが止まった。僕はここぞとばかりに畳みかける。
「神主と相撲で決着をつけます!!」
なぜここで相撲なのだろうか?それは発言した本人の僕でさえ理解ができなかった。だが、後に僕はこの発言を後悔するはめになる。




