最悪
僕等は車を止め、急いで階段をかけあがった。階段を上がれば上がるほど周囲は夜だというのに明るみを増し、何かが燃えていることを強く示している。煙が立ち上り、空は夜だというのに赤く光り空までも、燃えているようだった。
階段を駆け上がった彼女は、自分の家の惨状を見てその場で膝をついてしまった。僕等の住んでいた家は煌々と赤く輝き黒煙を吐いていた。遠くから消防車のサイレンの音が聞こえる。
「ハウス君、ハウス君を助けないと!!」
彼女は慌ててそう言うと、よろけながらもなんとか立ち上がり、その足で火の中に飛び込もうとする。たまらず僕は後ろから彼女を押さえつけてしまう。
「あんなに燃えていてはもう無理ですよ!危ないです下がってください」
「ダメです!ハウス君は・・私の友達なんです!!」
彼女は僕が押さえつけているにも関わらず、目の前の炎に飛び込もうと、ものすごい勢いで暴れていた。火は彼女を嘲笑うように、その勢いをどんどん強めていく。このまま彼女を押さえつけていられるとは思えない。たまらず僕は
「僕が行きますから、あなたはそこでじっとしといてください!」
と言ってしまった。彼女は暴れるのを少しやめて、僕に対して、うるんだ目を向けてきた。
「それは・・危ないですよ」
「あなただってそうですよ・・僕はあなたの召使いなんですし、先に行かせてください」
こんな顔をされては、格好をつけるしかあるまい。
「タンスの3段目の箱の中に動物の死骸があります。それがハウス君の魂です。・・危なかったらすぐに引き返してください・・・。」
僕は水をかぶり、心配そうに僕を見る彼女を横目に火がゴウゴウと燃え盛る家の扉に手をかけた。後ろを見てしまえば不安そうな彼女と目が合ってしまうことだろう。精一杯の虚勢をはり、ただ平然と扉を開け、中へと足を踏み入れる。
中は驚くほど静かだった。外の惨状を見る限りでは、中はもっとひどいことになっているとばかり思っていたのだが、天井の隅など所々で火は上がっているものの、少し見た程度では普段とそんなに変わらない様子であった。たぶん・・ハウス君が頑張っているのだろう。僕等の帰りを待って一人で。
「ハウス君助けに来ました。部屋まで案内してください。」
僕は玄関から靴のまま家へと上がる。すると、空間がぐにゃりと変化し、目の前にハウス君の箪笥がある部屋にと変化した。いつもなら僕が気づくことない速さで部屋から部屋へと変化していたはずである。もう限界が近いのかもしれない。早くここから逃げないと。
「ハウス君、神様が外で泣きそうになりながら待ってますよ。早くここから出ましょう」
僕は箪笥を開け彼女が言っていた箱へと手をかける。その時、畳に足がめり込んだ。
「どうしたんですか?!家の外は凄いことになってるんです早く出ますよ!」
僕はあせりながらそう言って、ハウス君の魂が入っているという箱に手をかけようとする。だが、足はなおもめり込み続け、まるで僕の事をこばんでいるようだった。と、そこで明かりが不規則に点滅していることに気づく。僕はあせりながらも、携帯電話でモールス信号の欄を開き、ハウス君の伝えたい言葉を調べた。
・-・・ ・-・-・ ・・・・ --・-・
カ ン ヌ シ
僕はすべてを察した。
「わかりました、とりあえず早くここから出ますよ」
畳は元に戻り僕は箪笥から、箱を引き離した。その瞬間、僕等の後ろの部屋の天井がくずれ落ちたのだ。うかつだった。ハウス君という支えを取り除いたこの家は、本来の姿を取り戻したのだ。火はすぐに僕等の部屋まで入ってきた。慌ててハウス君を元の場所に戻す。火の勢いは止まったのだが、火を消せはしないらしい。後ろの部屋の崩れ落ちた天井からも火の気が上がる。じりじりじりと追い詰められていくのが実感できる。すると、空間がぐにゃりと変化し玄関へと変わった。僕はハッとしてハウス君がいた方向に顔を向ける・・・ハウス君はいない。もしかするとあそこから自分では移動できないのかもしれない。僕だけでも助けようとしている。
「ハウス君ダメです。僕だけ助かっても意味ないんです。さっきのとこに戻してください」
変わる気配がない。外へと通じる扉が勝手に開く。早く出ろということだろう。ふざけやがって。
「はやく戻せって言ってんだろうが?!たまには僕の言うことも聞けよ!!」
たまらず僕は叫んでいた。そうすると空間がゆがみ、眼前にハウス君が現れる。
「ダメですよ・・。どっちにしろ僕だけ外に出たとこで、外の神様に殺されちゃいますよ」
僕は精一杯の冗談を言い無理して笑う。戻してもらったのはいいが策があるわけではない。さきほどより火の勢いは増したように思える。状況はだんだんと最悪の方へと向かいつつあった。
僕は覚悟を決める。
「ハウス君行きますよ」
ハウス君を優しく手に取り、箱を大事に抱え、走って突っ切ろうとした。だが、ハウス君を抱え込んだ時には外へと通じる廊下が崩れ落ちた。もう、この部屋しか残っていないのかもしれない。ハウス君がいた場所だから被害が最小限に抑えられていただけで、ここも、しばらくすれば火に飲み込まれてしまうことだろう。
四方から火が迫り、天井もチリチリと不気味な音を上げている。
彼女は僕がもうすぐ死ぬと言っていた。その時は信じていなかったのだけど今、僕はその言葉を強く思い出す。部屋は気温が上がり、煙のせいで呼吸が苦しくなる。肌が焼けるように熱い。
死が実感を伴い迫ってきていた。




