区切り
「どういうことですか」
僕の怒りは全然収まらない。
「なんのことですか?」
「とぼけないでください、僕の家と職場をどうしたんですか?」
「そんなの元から無かったんです。あなたは最初からここで働く事になってるんですよ。」
「ふざけないでください!」
つい、僕は声を荒げてしまう。彼女は少し驚いたようで目を大きく見開きこちらをじっと見ていた。
「わ、私は・・・」
彼女はそういうと俯いてしまう。彼女にしては弱弱しい態度だ。これも彼女の演技なのだろうか。
「なんですか・・人の生活を奪っておいて、悲しいのは僕の方です」
「私は・・あなたのために・・」
「僕のため?あなたの手伝いをすることが?どう考えても自分のためじゃないですか」
「あなたは、もうすぐ死んでしまいます。もしかしたら私の傍に居ればなんとかなるかもしれません」
「そうやってまた僕を騙すんですか?」
「違います・・信じてください」
「信じられるわけないでしょ。いいから早く戻してください」
「私はあなたに死なれたくないんです!」
いつもニコニコしていて、逆に何を考えているかわからない彼女が、目に涙をためて僕の方をキツク睨む。これが演技だというなら、彼女は全てが嘘だろう。僕のために作ったという美味しかった料理も千円札を入れただけで神様に感謝したのも僕と話すとき楽しそうにしてくれていたことも。それを全部嘘だと思ってしまうほど僕は彼女の事が嫌いではなかった。
僕も彼女もそれっきり黙ってしまう。二人とも俯き言葉が出てこない。
「やっと、会えたんです。失いたくないんです。仕事は・・戻します。けど、ここに住んでもらえませんか?」
「あなたは、なんでそこまでするんですか?」
「わかりません。たぶん意地になってるんです」
彼女は目に涙をためながら笑った。今にも涙がこぼれ落ちそうで、見てるこっちまでつらくなってくる。
僕は考える。単純に住む場所が変わり、同居人が変な神様になる。それはもしかすると楽しいかもしれない、そんな未来。
「わかりましたよ・・住むだけならいいですよ」
つい、そんな言葉が口からでてしまう。後悔はしてないけど。
「ホントですか?!・・・嬉しいな・・・部屋とか選んでくれてかまいませんし」
「住むだけですよ・・それにもしなにかあったら出ていきますからね・・・」
「はい、それでいいですよ。じゃぁ夕飯の支度しますね!」
彼女はそういうとすぐに立ち上がり、台所の方にだろうか、小走りに行ってしまった。その時彼女の横顔から何かが落ちたようなきがしたけど、僕は深く考えないようにする。
コタツの上に僕の分のお茶がまだ残っていたので、乾いた喉を潤すためお茶を飲む。
「あつい・・」
冷めてると思ってたお茶は熱いというほどではなかったけど、あれだけ時間がたっているのにも関わらずなぜか温かかった。それは僕のお腹に収まると、心の中から温めてくれた。
「準備できたんでこっちにきてください」
彼女のそんな声が聞こえ僕は席を立つ。夕飯は違う場所なんだ。そんな事を考えながら、障子を開け彼女の声がした方に向かって廊下を歩く。
「こっちです」
足音で僕が近づいてくるのを察したのだろう、奥の部屋から彼女の声が聞こえた。僕は廊下を歩きその部屋の障子を開く。そこはなかなかに広い畳の部屋だった。窓が多くて開放感があり、2方の窓からは街の景色が見える。真ん中には4人掛けのテーブルがあり、その上にはこれでもかというほどの料理が置いてあった。とてもじゃないけど、さっき席を立ってから作ったとは思えない量だ。
「たくさん作ったのでたくさん食べてくださいね」
「最初からこのつもりだったんですね・・・あなた・・?」
「い、いえ今日はたまたま多く作りすぎただけですよ・・いやぁーちょうどよかったなぁ」
彼女はそんな事を言いながら席につく。向かいには僕の食器がちゃんと彼女と対になって置いてあり、僕もそこに座ることにする。料理からは湯気が立っていて、とても美味しそうだ。
「今度はいくらするんですか?」
僕は皮肉混じりに彼女に聞く。少し、本気も入っているのだけど。
「お金なんていいです。でも、その分・・・ちょっと手伝ってくださいね」
彼女ははにかみながらそう返してきた。料理はどれも温かくとても美味しかった。




