亀裂が入る
彼女と僕の間に不穏な空気が流れていた。
「冗談ですよね?」
「なにがですか?」
「・・いえ、なんでもないです・・・」
「カレイの煮つけが三百万円。他が一つ百万円です。ご飯を2回おかわりしたので合計で一千万円になります。あ、そういえば領収書渡すの忘れてましたね。」
彼女はそう言いながら料理を運んできたお盆をどかす、するとそこには手書きで書かれた領収書が隠されていた。彼女はポケットからボールペンを取り出し、ご飯の欄に×2と書き、合計の八百万円に斜線を引くと一千万円と書きなぐった。
この際隠していたことはどうでもいいのだ。問題は彼女が最初からこのつもりで、なおかつ本気で僕から一千万を取り立てる気だということだ。
先程までの優しかった彼女を思い出し心が焼かれた。あれはすべて計算された演技だったのだ。僕はまんまと百万円のゴハンをパクパク食べ、おかわりまでして、美味しい美味しいと感謝までしたのだ。彼女は内心嘲笑っていたに違いない。猿みたいだな~と。だんだんと腹が立ってきた。
「あなた、ゴハンが一杯百万なんてありえませんよ?だいたい百円ってところです。」
「じゃぁゴハンは百円でいいです。全部で七百万三百円ですね。お願いします。」
「ゴハンだけじゃないです。全品、数百円が関の山です。」
「ちょっと優しくすると、すぐつけあがるんですね?三百万も値切れたラッキーすぐにしはらいますぅって流れでしょ今の?」
「あなたみたいに物の価値もわからない、お馬鹿さんはそうやって騙されるんですね。実家からもそうやっていいように騙されて厄介払いされたんでしょうね」
「あんなに美味しい美味しいと褒めておきながら踏み倒そうとするなんて、誰だって怒ると思いません?あと今、実家関係ないですよね」
「一千万で実家に帰りたいんでしょ?でも騙しとったお金で帰ったところで、ご両親は許してくれますかね?」
「私が怒らないうちに一千万円と一緒に賽銭箱に頭からダイブしたほうがいいですよ。もう怒ってますけど」
ピシっと僕の湯呑に亀裂が入った。足が妙に重いなと思ったらコタツ布団が鉛のようになっていて足がまったく動かせない。ストーブに乗っていたヤカンがヒュオオオと蒸気を激しく吹き始める。彼女は終始ニコニコしていた。




