カレイの煮つけ
不毛な会議でしたが、議論を重ねていくごとに彼女と僕の中に芽生えるものがありました。
お賽銭で一千万は無理があるんじゃないか?
現状まともな客はほとんど来ないそうです。たまに来るのは好奇心旺盛なガキ(子供)ぐらいだそうで、それにしたってあまりの寂れっぷりに怖がり、階段を上りきったところでヒソヒソ話し合うと回れ右して帰っていくそうです。僕はそれを聞いた時には、いくら僕が手伝ったところで一千万は無理だと判断し。彼女が実家に謝り帰る方が建設的だと提案しました。
「そんなのかっこ悪いじゃないですか・・・私の輝かしい人生の汚点になりますし」
だそうで、僕の意見などまともに取り合おうとしません。彼女はこの3年ほどでだいぶ煮詰まっているようで出てくる案は夢物語ばかり。「映画を作ってみてはどうでしょう」そう言った辺りで、こいつとは建設的な話し合いは不可能だと判断しました。まともな案なんて出ないのに時計はそんな事は関係ないよ、と知らない顔して針を歩めます。彼女が疲れて会議を終わらしたのは14時をまわった頃でした。
「お腹すきませんか?」
「はい、そろそろ家に帰ろうと思います。」
「じゃぁ何か作ってきますね。そこでお茶でも飲んで待っててください」
なにがじゃぁ、なの・・?人の話聞いてる・・・?。でも、確かに僕もお腹が空いていたし単純に僕の分まで作ってくれるという彼女の気遣いが嬉しかった。なのでついつい、じゃぁお言葉に甘えてお願いします。と気軽に彼女を見送ってしまう。ピシっと彼女が障子を閉めたとたん、不安が襲ってきた。まともなモノが出てくるはずがないと。
様子を見に行こうにも、またあの進まない廊下に出くわしてまうことになるかもしれない。そうしたら出られないという現実に直面してしまうことになる。それはなかなかに厳しいことだった。僕は死刑を待つ囚人のようになんとも落ち着かない気持ちで彼女が帰ってくるのを待つことにする。僕は彼女から言われたとうりお茶を自分でいれて飲む。彼女がいなくなった部屋はとても静かで、僕の周りの時間だけが止まってしまったように感じられた。
30分くらいたっただろうか、障子越しから
「すいません、手がふさがってるので開けてもらっていいですか」
と彼女の声が聞こえたので僕は素直に障子を開いた。するとエプロン姿に身を包んだ彼女が、2食分の食事をお盆にのせこちらに歩いてきた。その姿は妙に様になっていて、何故だか僕は目を奪われてしまう。
「どうしました?そんなじっと私を見て。そんなにお腹空いてたんですか?」
「あ、いやなんだか似合ってるなと思いまして」
「ふふー実は料理は得意なんですよ?昨日の残り物も使ったりしてますけど、ちゃんとあなたの事を考えて作ったんですよ。」
そんな事を言いながら彼女はお盆に乗せていた料理をコタツに並べ始めた。カレイの煮つけ、ホウレンソウの胡麻和え、きんぴらごぼう、冷奴に葱と生姜を乗せたもの、炊き立てのご飯に味噌汁。どれもこれもひと手間加えてあるのがわかり、とても美味しそうだ。まさかこんな美味しそうなものが出てくるとは思っていなかった僕は、いい意味で予想が裏切られた事に驚き、そして心の中で彼女に謝罪した。
「おかずはこれしかないですけど、ご飯は多めに炊いたので、もしよかったらおかわりしてくださいね?」
本当にさっきまで僕と喋っていた彼女と同じ人物なのだろうか。
「じゃぁいただきましょうか」
「すいません、いただきます」
どうぞ、と彼女は微笑みながら僕をうながす。いただきます。と僕はまずカレイの煮つけに箸をつけた。身はやわらかく、箸をいれるとホロホロとくずれる。口に入れた瞬間、生姜の香りがして僕の食欲を引き立てた。味付けは少し濃い目でご飯と一緒に食べるとちょうどいい。普通に美味しい。失礼だけど僕が最初に抱いた感想がこれだった。
「ホントに料理上手なんですねびっくりしました。これならいくらでも食べられそうです。」
「そんなに喜んでもらえると嬉しいです。ゆっくり食べてくださいね。ご飯のおかわりがほしかったら言ってください。」
どの料理もちゃんと、その素材を生かしたような味付けがしてあり、食べるのが楽しく美味しい。僕はご飯を2杯もおかわりしてしまい彼女に笑われてしまった。
綺麗に食べ終えた僕は、再び彼女にお礼を言うことにする。
「御馳走様でした。。ホントに美味しかったです。」
「全部で一千万円になります」
まるでやる気のないコンビニバイトのような表情をして、当たり前のように彼女は言ったのでした。




