湯呑に対する新提案
「突然ですけど、僕は日本家屋が大好きでして、部屋の中にいる時からこの家の建築方式や間取りが気になって気になって、もう居ても立っても居られくなってしまって。あなたに嘘をつくのは大変心苦しかったのですが、ええ、嘘はいけないことですよ?わかってます。なにぶん会話の途中でこの家の間取りなどを見てきてもいいですか?なんて変なこと言えないじゃないですか。ですが気になりすぎてあなたとの会話が頭に入ってこない。こりゃいかんと思った僕は用を足すと嘘をついて間取りを確認しようと思ったんですよね。いや、嘘は確かにダメですよ?そこは謝りますスイマセン。そうですね。僕は確かに変かもしれない。ですけど、変な人だと思われたくないという恥じらいや常識といったものは確かにあるんです。あなたみたいな可愛い人にはなおさら見栄を張ってしまいたくなるんです。えぇはいホントです」
彼女はニコニコー★としながら「確かに嘘はダメですよねー?」と頷く。
ばれてる?無理があったか?プライドを捨ててまでこびへつらったのに?僕は出てくる汗をぬぐいながら「お茶を飲んだらなんだか暑くなってきちゃいましたよ」と無理矢理笑顔をつくると震える声で呟いた。
はたから見れば双方和みながらお茶を飲み、他愛のない事を話しているようにみえるだろう。だが実際は醜い腹の探り合いであり、和む要素など皆無である。彼女は僕の事を疑い、僕も彼女の事を出し抜こうとしている。そこに信頼といったものは一切見えてこない。
お互い相手の出方を伺っているのか。会話は途切れ、湯呑をコタツに置くコトッという音、ストーブに乗ったヤカンがコーと湯気をだしながら沸き立つ音、それ以外に音がせずどうにもこうにも落ち着かない。
「逃げようとしたって無駄だということです」
彼女の発言は僕を絶望のふちに叩き込んだ。そうなのだ。僕が嘘をついていようがいまいが、彼女にとってはどちらでも同じことなのだ。だって話が本当なら僕の選択権は彼女が有しているのだから。彼女側からすれば、僕を従わせる時間が早いか遅いか、もしくは痛い思いをさせるかさせないかであろう。まさか、お参りをするためだけだったのに、こんな事案になるとは誰が想像できたであろうか。少し遠くにはなるが隣町にある皆が集まる方の神社に足を向けるべきだった。悔やんでも悔やみきれない。もう何もかもが遅いのだ。寂れるものには寂れてしまうだけのそれ相応の理由があるはずだ。だが、こんな妖怪が住み着いているなんて誰がわかるというのだ?いや、神様だってわからないだろう。
「に、逃げようとなんてしてませんよ大変いい家ですねー・・」
僕はかろうじて言葉を紡ぐ
「まぁどうでもいいんですけど・・ところで手伝ってくれますよね?」
「なにを・・でしたっけ・・?」
とぼけた瞬間コタツの中で足を蹴られた。ゴトッと音がして衝撃でコタツが揺れる。半分くらいお茶が入っている彼女の湯呑が傾き倒れ・・なかった。驚くべきことに湯呑は斜めに傾いたまま静止し、スローで巻き戻しをしているようにゆっくりと元の位置に直った。
「危ない危ない湯呑を倒してしまうとこでしたよー・・もっとも・・そんな心配は微塵もする必要はないんですけどね」
絶句している僕をよそに。彼女は事も無げに言い放つ。薄く微笑みどういうことかわかりますよね?と無言ながら彼女は僕に語りかけてくる。今や彼女の優しげな微笑みですら僕は怖くて仕方がない。
「わかりました手伝います」
あきらめるには時間はさほどかからなかった。




