逃亡を試みる
「はい?」
僕はたまらず間抜けな返事をしてしまった。理解が追い付いてないことに気づいたのだろう。彼女が説明をつけくわえてくれる。
「あなたはもうすぐ寿命なんですよー死に方まではわかりませんけど、たぶんあと一月以内にしんじゃうと思います。」
「どうしてそんな事がわかるんですか?」
「普通の人には私は見えないから。もうすぐ寿命だからたぶん境界が曖昧になってるっぽいですねーだから最初会ったとき私の事ちゃんと見えててびっくりしました。でもなにより嬉しかった。」
僕は妄想たくましいですねーと彼女に対して嫌味をいうはずだったのだが彼女の顔をみたとたん、その気力がそがれた。彼女は目に涙を浮かべ、嬉しいからなのか悔しいからなのか僕には判断がつかない表情を作り、懸命に泣いてしまいそうなのをこらえていた。
「どうしたんですか?」
たまらず僕は彼女を気遣ってしまう。
「いや、あなたが来てくれたのは嬉しいんですけど、頼れるのがあなたごときしかいないという現状が悲しいやら悔しいやら・・・」
「僕たちほとんど初対面ですよね・・?」
「そうですけど?」
もういいや・・・すいませんトイレ貸してもらえませんか?。僕はそういうと、布団から起き上がって障子を開いた。
「トイレはそこから右に行って突き当りにありますよー」
後ろから間延びした声が聞こえた。トイレの場所なんてどうでもいい。このまま外に出て走り出そう。そうしてここら周辺には絶対に近づかないようにしよう。彼女とはこれが今生の別れとなるだろう。
僕は彼女の方に振り向きありがとうございました。と丁寧にお辞儀をした。これは今までありがとうございました。の意味である。彼女はトイレごときでおおげさですねと笑いながら欠伸をしていた。
僕はにっこりと笑顔を作り(精一杯な彼女に対する当てつけ)障子を隙間のないよう注意深くきちんと閉め、廊下をあせらないようゆっくりと歩いた。廊下は木造特有のすべすべとした感触で靴下ごしでもひんやりと冷たかった。彼女は独り暮らしのようだが、廊下には埃や汚れは見当たらず手入れが行き届いているふうだった。いつでも来客がきてもいいように用意していたのかなとふいにそう思った。
そんなことを考えながら歩いていると、何かおかしいことに気がついた。いつまでたっても廊下の奥にたどりつかないのである。奥の壁は見えているのだが歩いても歩いても近づかない。まるで奥の壁も一緒に移動しているようだ。僕は自分でも信じられなくなって後ろを振り向いた。
すると先ほど障子を閉めた所からまるで動いてないのだ。そんなはずはない・・僕はもう一度前を向いて、5歩ゆっくりと歩いて後ろを振り返った。障子の位置は先ほど振り返った時とまるで変っていなかった。




