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「それでお見合いはどうなさったのですか、エミリアナ様」
部屋に戻ったわたしを、侍女のキャリーが迎えてくれた。
この侍女も小さな子供の頃から側にいてくれる、古い付き合いのある人間の一人だ。このキャリーと、あともう一人ルイーズと言う名の侍女がいる。
昔は更に一人、口うるさい侍女がいたわ。わたしの最愛のプリンスを奪っていった、リシェルって侍女がね。
そのリシェルは、プリンスことケインと結婚してから、しばらくして城を退官していったの。今では五人の子持ちの肝っ玉母さんよ。たまに子供をぞろぞろ連れてわたしを訪ねて来るけど、相変わらずいっぱいお説教して帰って行くわ。
本当に今でも不思議なんだけど、ケインは彼女のどこがよかったのかしら。わたしには一生解けない謎みたいなものよ。
「最悪よ、今までで一番酷い相手だった……。でも何とか相手側からお断りされたから、無事に危機を脱することが出来たのよ」
ふうと軽く息を吐いて椅子に座り込んだわたしに、キャリーはお茶を用意して持って来てくれた。
「そうなんですか。今度の方は大国の王子様とかで、わたし達もとても期待していたんですけど」
「わたし達って?」
わたしの問いにキャリーは目に見えて動揺した。
「それは、わたしとルイーズのことですわ。他に誰がいまして?」
「ふうん……」
わたしがキャリーから視線を外さないでいると、彼女はわざとらしく仕事を探す振りをしてわたしの視界から逃れようとしている。
そんなポーズなんか取らなくても既にこっちは事情を知っているから、意味なんかないのに舞い上がってしまってるのよ。
実はキャリーにはジャンという恋人がいるの。このジャンて言うのがキャリーにメロメロで、何と彼女を追いかけて、遂には我がハーディアにまで押しかけてきた奴だった。
それでこの男、最初はほんの少しの間、従騎士として潜り込むつもりだったみたいなんだけど、彼女と想いが通じ合っちゃったら周りが見えないほどとち狂っちゃって、実家の反対を押し切ってとうとう正騎士にまでなってしまったのよ。
今ではね、わたしの護衛騎士の一人なの、凄いでしょ。
ジャンは、結構大きな家の跡取りらしいんだけど、キャリーと離れられなくなってしまったんですって。
それで二人はわたしが結婚したら、城を辞めて一緒になりジャンの実家に戻るからって、お互いの家族やら親族を説得したらしいわ。
そんな騒動をくぐり抜け、晴れて婚約を勝ち取ってきた二人は、もしかしたら王や王妃である父や母よりも、わたしの婚約を待ち焦がれているのかもしれない。
「ただいま戻りました」
扉が開いて、もう一人の侍女、ルイーズが帰って来た。
「いいところに帰って来たわね、ルイーズ。それで例のものは無事に手に入れることが出来たの?」
わたしは素早く椅子から立ち上がり、大事そうにあるものを抱える侍女の元へ近寄って行く。
「勿論です。ばっちりと購入して参りました」
「やったわね」
ルイーズの満面の笑みに、わたしのテンションはいやでも上昇していった。
「お二人方、わたしにも拝見させて下さいな」
キャリーも表情を変えてわたし達の側までやって来る。それからわたし達は、ルイーズが持つ紙の束が開かれるのを、今か今かと首を長くして待った。
「そら、各々方、心してご覧ん遊ばせ」
大きな声を上げてルイーズが広げた紙の上には、麗しの美男子の華麗なる立ち姿が描かれていた。
「きゃあぁ」
「素敵〜」
わたし達はルイーズが買ってきたものを検分するため、それを取り囲んで眺める。
彼女が今日城下へ下りることは分かっていたので、わたしはお使いを頼んでいたのだ。何を頼んでいたかと言うと、今、民の間でとても流行っている、人気者を描いた肖像画だ。
「ねえねえ、ルイーズ、これは誰?」
わたしは悲鳴を上げながらルイーズを揺さぶった。一枚目からかなりの美形を目にして、興奮も最高潮に達している。
彼女は笑いながら答えを教えてくれた。
「これは今一番人気のある役者の姿絵です。なんでも先月この役者がいる劇団が、ハーディアで舞台を上演したらしいのですが、それですっかり女性ファンが増えたらしく、今彼の絵は飛ぶように売れてるらしいのです」
「その劇団は今どこに?」
何それ、初耳だわ?
王女のわたしが観てないなんてハーディアの歓迎ぶりを疑われちゃうじゃない。今すぐ、観に行かなきゃ、こうしちゃいられないわよ!
飛びかかる勢いでルイーズに詰め寄れば、彼女は申し訳なさそうに肩を落とした。
「それが、現在はハーディアを出て、次の上演国へとまわって行ったとか……」
「ええ、もう観ることは出来ないの〜?」
「残念ながら……」
わたしはがっかりして役者の絵姿を見下ろした。
きりりと正面を向く美しい男性が描かれている。胸までの長い髪を軽く後ろで縛り、その毛先を片側の肩に緩く垂らして、男性は今にも甘い台詞を語りかけてきそうな雰囲気で立っていた。
凄く素敵なんだけど、本物を見ることが出来ないのなら興味は湧かない。
目に見えて落胆したわたしに、ルイーズはとりなすように声をかけてくる。
「どうか安心してください、エミリアナ様。この絵はご本人にそっくりなんですって。わたしと一緒に買い求めていたご婦人も、そう力説していましたから間違いありません。この絵の役者に、いつか必ずお会い出来る日がきますから」
「う、うん……」
そうは言われても、絵の男性に対する興味は急速に萎んでいった。
だってね、絵と言うのはいくらでも修正がかけられるものじゃない? わたしは現実にお会いした人でないと、それがどんなに噂を呼ぶ素敵な男性でも、胸がときめくことはない。実物を見て幻滅とかしたくないもの。
浮き上がっていた気分がへこんでしまって、せっかくルイーズが城下で仕入れてきてくれた人気肖像画だけど、他のを見る気もなくなっちゃった。
そのままうなだれて椅子に座ろうとしたわたしを、焦ったルイーズが無理やり引き止める。
「ま、待ってください、エミリアナ様。もう一つ面白いものがあったので買ってきました。これをご覧になってください!」
彼女が強引に押しつけてきたのは、どこかで見たことのある騎士の絵姿だった。
「これって……」
絶句するわたしにルイーズは自慢げに頷く。
「ええ、我がエミリアナ第三王女殿下付き護衛騎士、アーサー・ヘルマン様の姿絵ですわ」
そう、ルイーズがわたしに押しつけてきたのは、驚くことにアーサーの絵だったのだ。
「ねえ、ルイーズ。これも売られていたの?」
「隠れた人気商品らしいですわよ。これを見つけた時、なんだかわたしまで褒められたような気が致しましたもの。我らの騎士だって捨てたものではございませんよね」
キャリーがまじまじと、澄まし顔のアーサーの絵を覗き込んでくる。
「こうして見ると、アーサー様は凛々しい殿方ですわね……」
ぼーとした顔で絵に釘づけのキャリーに、ルイーズは胸をそらして言い返した。
「あら、わたしは前から気づいていたわ。アーサー様は一見、ケイン様の影に隠れて目立たない風だったけど、背は高いしスラリとしておいでだし、顔立ちだってとても整っていらっしゃるし……。男臭い騎士様方の中では、珍しいくらい穏やかで物静かな雰囲気がいいわ〜って、密かに憧れている侍女仲間も多いしね。わたしも優しげな笑顔が素敵だなって、いっつも思っていたもの」
彼女はキャリーをチラリと一瞥してつけ加えた。
「アーサー様の他にもないかなあと思って探したんだけど、あなたの恋人の肖像画は、残念ながら見つけられなかったけど……?」
「ジャ、ジャンの魅力は、わたしだけが知っていたらいいの!」
意地悪く笑うルイーズに、キャリーもムキになって声を張り上げる。
「ルイーズなんか、恋人もいないくせに、何よ偉そうに」
「んまあ、酷いわキャリー!」
ぎゃあぎゃあとうるさい侍女を放って、わたしは手の中の肖像画に目を向けた。
金髪の騎士姿の青年が兜を小脇に抱え、正面を向いて立っている。涼しげな目元と、うっすらと微笑んでいるかのように柔らかく閉じられた口元。
誰が描いたものなのか知らないけど、まるで前に立つモデルを見ながら描いたかのように、とてもよく特徴を捉えている絵だった。
絵の中の青年から目が逸らせなくなって、わたしは少しうろたえる。
そのままなんとなく手離すきっかけをなくしてしまい、しばらくの間、物も言わず動くこともない絵姿のアーサーを、ずっと見つめていたのだった。
キャリーとジャンのいきさつについては、「気まぐれプリンス番外編集」より、“眠り姫とキス”をご覧ください。エミリアナ、アーサー両名ともチョイ役で出ています。
再び、宣伝でした(汗)。