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いじわるフィアンセ  作者: にゃーせ
round 2 異国の空の下、代理嫁姑戦争
17/20

 

「も、申し訳ございませんでしたっ!!」


 森のような庭園の中に一際甲高い声が響き渡る。焦って息切れして、酷く取り乱したルイーズの声だ。


「れ、礼儀も弁えない田舎者風情が、羽目を外して大口を叩いてしまいました。お、お詫びのしようもございません。わ、わたしはどんなお咎めもお受け致します。ですが主は、主はまだ十五になられたばかりの未来あるお方。どうか、どうか寛大なご配慮をお願い申し上げます!」


 ルイーズは悲痛な声音でそう言うと、わたしを庇うように前へ進み出て、その場に倒れるように膝まづく。彼女の細い体が砂で出来た山のように脆く崩れて、消えてしまうんじゃないかと思えた。


「そんな、ルイーズだけの責任じゃないわ。わたしだって、わたしだって人目をはばかる失言を致しました」

 わたしは急いでルイーズの横に並ぶ。

「わ、わたしからもお詫び申し上げます! どうか、どうかお情けを下さいませ、エリク殿下」


 身を低く屈め顔を伏せ、限界ギリギリまで腰を折った。動かないエリク王子の前で、わたし達はじっと罰が下されるのを罪人のように待つことしか出来なかった。

 どうしよう。これって相当まずい事態じゃない。と、言うより身の破滅と言ってもいい。

 もうアンジェラがどうのこうのとか言ってる場合じゃないわ。

 だって、同盟国であるアウトライムの王子を、わたしとルイーズは二人して思いきりこき下ろしてしまったのよ。

 無防備にもアウトライムの真ん中で、誰に聞かれるか分かりはしない環境で、この国の王子を散々貶める発言をしてしまった。迂闊にも程があるってものじゃない。

 それを本人にバッチリと聞かれてしまうなんてーー。

 どうするのよ、エミリアナ。ハーディアを代表して来たくせに。姉様はこの国の王太子妃でもあるのに。これじゃ自分やハーディアばかりか、姉様のお立場まで悪くなってしまうじゃないの。

 

「申し訳ないって何が?」


 青ざめて震えるわたし達の上から、のんびりとした能天気な声が返ってくる。

「僕は君達の余興をとっても楽しんだんだけどな。それって許しを与えなきゃいけないこと?」

「えっ?」

 意外過ぎる返事に思わず顔を上げれば、ニヤニヤと口元を緩めるエリク王子の笑顔が見えた。

 ど、どういうこと?

 エリク王子は肩をすくませ、呆然と彼を見上げるわたし達を面白そうに見返してくる。

「だってそうだろ? 君達二人は退屈しきってどう時間を使おうか困り果てていた僕に同情して、刺激的な余興を見せてくれただけでしょ? 事実、目が覚める衝撃の、とても面白い芝居だった。おかげで僕の頑固な退屈の虫も、どこかへ飛んでいってしまったよ。そんな君達に僕は礼を言うことはあっても、謝罪を求めることはないな。そう思わない?」

「え……、な、え?」

 何? 彼は何を言ってるの?

 理解出来ない。

 わたしが馬鹿みたいにあうあうと意味のない声を出している隣で、地面に頭を擦りつけんばかりに突っ伏していたルイーズもそれを忘れ、ポカンと口を開けたままエリク王子を凝視していた。

 ちょっと、ルイーズ。あなたその顔、不敬だと切り捨てられても文句は言えないわよ。

 わたしは内心気が気じゃなかったんだけど、その間が抜けた侍女の顔にも、不思議と王子は気分を害したようには見えなかったのだ。

 どういうこと?

 本当に、怒ってないの……?

 わたし達、見逃して貰えるのかしら?

 エリク王子は黙ったままのわたしとルイーズから視線を外し、すぐ横の草むらにからかうように声をかける。

「ねえ、君も僕が怒ってるように見える? エミリアナ殿下の騎士殿」

 わ、わたしの騎士?

 だ、誰かいるの?

 わたしはびっくりして彼が見つめる先に目を向けた。


「……ご存知だったのですか?」


 子供の背丈ぐらいの高さで生い茂る青々とした葉が揺れて、顔を伏せ気味にした一人の騎士がそこから気まずげに出てくる。騎士の金色に輝く髪がさらりと靡き、その下から吐き気がする程見知った顔が現れた。


 ア、アーサーじゃないの!?


「ご挨拶が遅れ申し訳ございませんでした、エリク殿下」

 アーサーは少しの距離をとって足を止め、エリク王子に臣下の礼をする。

「アーサー、な、何故ここにいるの!?」

 わたしは現状も忘れ叫んでいた。

 エリク王子に向けられていた柔和な表情が、一瞬、凍えるように冷たいものへと変わってこっちを一瞥する。

 お、怒ってる……。

 エリク王子でさえ怒ってないのに、この男ってばカンカンに怒ってるじゃない。無理もないとは言え……。

 ま、まずい。

 なんだかとってもまずいわ。

 草むらをかき分けこちらへと出てきたのは、わたしの口煩い婚約者(仮)、筆頭騎士アーサーだったのだ。


 でも、何故この男がここにいるんだろ?

 キャリー達とアンジェラの汚した部屋を片付けねばと、あれだけ皮肉たっぷりに文句を言ってたくせに。

「あなたを野放しになど出来るわけがないでしょう? 思った通りだ。早速窮地に追い込まれているし」

 アーサーは呆れたようにわたしを見下ろすと、ため息を零しつつ嫌味を投げてきた。

「野放し? 窮地? 見ていたんなら助けてくれたっていいでしょう?」

 ムカ〜、相変わらず口の悪い男ね。

「わたしは護衛の任で控えていただけですからね。主の命の危機には対応しますが、ご自分で勝手に暴れているだけなら止めは致しませんよ。これでも分は弁えているつもりです」

「なあに、その言い種!? 二枚舌なんて生易しいものじゃないわよ。言い直しなさい!」

「ぷっ」

 わたしとアーサーが一触即発でいがみ合っている横で、その不穏な空気を消し去る朗らかな笑い声が響く。

 不本意だけどわたし達は、ほぼ同時にその笑顔の主に目を向けた。

 そうだった、エリク王子がいたんだった。危ない危ない。

「な、なるほど。君達は似合いの二人みたいだね。残念だけど僕は本気でエミリアナ殿下を諦めなくちゃならないな」

「は、諦める……?」

「そうだよ」

 ケラケラと笑うエリク殿下は、茫然としゃがんだままのルイーズに手を貸しながら、肩を震わせわたし達を眺めてる。

 似合いの二人ですって?

 アーサーと目が合い、彼がフンと鼻で笑うのが視界に入った。

 これのどこがよ? こっちはちっとも分からないんだけど、どういう理由からか教えてもらいたいものだわ。




   ***




「本当にこちらにアンジェラ様がいらっしゃるのですか?」


 不審げに見返すわたしをエリク王子はちらりと見ては口元を緩めた。

「あ、ああ。そう……」

 明後日の方を向いた彼の肩が又しても揺れていた。

 この人、さっきからわたしを見ては笑っているんだけど。何なのかしら、笑い上戸?

 すぐ側で笑う他人の気配に気づかないとでも思っているのなら、はっきり気づいてますわよ。余計に恥じかきそうだから指摘はしないけどね。

「こちらは騎士の鍛錬場か何かでしょうか?」

 アーサーが後ろから問いかけてくる。

 さっきの言い合いのせいでこの男との仲も一層険悪だ。わたしの視線をまるっきり無視して、アーサーはエリク王子に好奇心を覗かせる眼差しを送った。

「ああ、そうだよ。今あそこで鍛錬をしているのはアウトライムの精鋭達と新人のようだな」

 エリク王子はアーサーに対し気軽な感じで答える。エリク王子ってかなり気さくなお人柄みたい。

 アーサーは他国の騎士の姿に魅せられたように見入ってしまい、普段の堅苦しさも、わたしとのいがみ合いも忘れ去ったようだった。顔に張りついていた仏頂面すらも消えてしまっているんだから、相当だ。

 ルイーズに至っては存在感さえ残っていない。

 わたしは背後に目を向けた。俯いたまま黙ってあとをついて来る侍女が見える。

 さすがのルイーズもおとなしくしているしかないらしい。無理もないわね、あんなことがあったんだもの。


 わたし達はエリク王子に連れられて、城の東側にやって来ていた。

 目の前には壮観な風景が広がっている。大きな号令に派手な剣戟の音。

 ここはアウトライムの騎士達が日々の訓練をしている鍛錬場だった。

 煩い奇声と砂埃で目と耳がやられて、なんかこっちまで毒されそうな場所でもある。

 まあ、すぐ側まで近づいている訳じゃないんだけどね。全体が見通せる、あっちからは見えないだろうってとこだ。

 お陰でわたしの趣味が生かせない。だってじっくりお顔が拝見出来ないんだもの、残念。

 でもね、こんな所にゴブリンもどきとは言え、仮にも王女がいると思う?

 わたし達、この不真面目な王子様に騙されたんじゃないの?

 わたしがエリク王子をチラリと見上げると、彼はニヤニヤしながらこっちを見ていた。な、何だろ。

「エミリアナ様、あなたの考えてること当ててみましょうか?」

「えっ?」

「僕をとんでもないほら吹きだと疑っているでしょう?」

 ギクッ!

「え、いいえ……そんな……」

 わたしが慌てて視線を逸らすと、エリク王子はますます笑いを含んだ声を出した。

「いいんですよ。正直な方は嫌いではありません。あなただけではない、そこの侍女の方も僕をずっと無言で見張ってらっしゃる」

 驚いて振り返れば、ルイーズが目を見開いて固まっていた。彼女は蚊の鳴くような小さな呻き声で謝罪を零し、真っ赤になって縮こまる。

「ふふ」

 エリク王子はわたし達をからかうように笑って見回したあと、「ほら、見えてきた」と前方に視線を戻した。

「エミリアナ様、アンジェラですよ」

 う、嘘ぉ?

 わたしは慌てて彼の指し示す先を見つめる。

 そこには逞しい騎士達の間をちょこまかと蠢く、まるで小動物のようなアンジェラが確かにいたのだ。



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