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いじわるフィアンセ  作者: にゃーせ
round 2 異国の空の下、代理嫁姑戦争
16/20

 

「それにしてもアンジェラ様の暴力的な行動をやめさせるのは、並大抵の努力ではどうにもなりませんわ。わたしも今まで色々なことを経験してきましたけど、あのように特別風変わりな姫君を拝見したことは、過去にもそうそうありはしませんでしたもの。殿下はそんなアンジェラ様をご支援なさるなどと、お見かけにもよらず途方もない忍耐力をお持ちのようでいらっしゃいますけれど、似たもの同士、どこか相通じるものがおありなのかしらね……」


 後ろからブツブツブツブツ不満をぶつけてくる声がする。

 かなり、か・な・り〜、うるさい。

 ええ、そうね。自分にこんなに忍耐力があったなんて今まで気づきもしなかったわよね。以前のわたしだったらとっくに音を上げてるわ。うるさいっ、て。


「お聞きになってます? わたしは大切な話をしているんですよ」


 しかも、信じられないことに、後ろの声はこっちの顔色なんかまるで気にもかけてないのよ。これでもわたしの侍女だってんだからびっくりしちゃうわ。

 王女としてはいささか行儀の悪い足取りでわたしは歩く。声はそのあとを逃しはしないと追いかけてくるのだ。


「とにかく心配なんですよ、殿下。このままではこちらの国に言いように扱き使われて、アンジェラ様の変身が成功するどころか、何もかもが殿下の無鉄砲な発言のせいとあらぬ責任まで負わされて、ひいてはせっかく整ったアーサー様とのご縁談にまで影響が出てしまったらどうなさるおつもりですの?」


 アーサーにとったら渡りに船よね、間違いなく。それよりも……。


「ルイーズ、あのねぇ〜、あなたわたしが失敗するって言いたいの?」


 わたしは我慢がならなくなって声を上げた。

 遂に、遂にわたしは負けてしまったのだ。この遠慮会釈もない、と言うか立場すら忘れているような自分の侍女に。もう、ここは高貴な貴婦人らしく華麗に無視してやろうって決めていたのに。あ~、悔しい。


 アンジェラに部屋を荒らされ、その責任は全てわたしにあるとアーサーに非難されてしばらくして、わたしは侍女のルイーズと二人外にいた。

 目的はある人物に会う為だ。わたしが知る限りアンジェラの動向に最も詳しいだろう人物。それはズバリ、エリク王子のことだ。

 思い出してみて、前回会った時、エリク王子は何て言ってた?

 アンジェラにはお気に入りの場所があるって言ってなかった?


「い、いいえ、そういう訳では……。ちょっ、やだわ。何よ、この木ったら急に飛び出してきて。わたしに何か恨みでもあるのかしらね。忌々しい」

 わたしが振り向くと、文句を言いつつ付いてきていたルイーズは、横から伸びてきた木の枝に髪の毛を取られ、慌てふためいて毒づいている。

 対象が変わっただけで、いまだ文句が止まってないってどんなオチなの。

「何なんですの、エミリアナ様、この場所は。アウトライムともあろう大国が、城内に野山じみた荒れ地を放っておくとは信じられませんわ」

 ルイーズは一人で木の枝と闘っている。どうやら失言をごまかそうと必死になっているらしい。

 ここは、この前アウトライムの第二王子に会うことが出来た庭園なの。ちょっとした森のような趣きがある自然豊かな場所なのだ。

 確かにここは一見荒れ放題の、城には不似合いの場所に見える。だけど、計算されたかのような美しい城内の一角に、これだけ多くの色々な種類の木々を繁らせ、まるでここだけ別世界のような空間を作っているのは逆にとんでもなく贅沢なことじゃない? そう思わなくて?

 ルイーズはこの素敵な庭でさっそく足止めを食ってムクれているのだ。彼女は全世界が敵のような顔をして木の枝から自分の髪の毛を引き剥がすと、「痛いじゃないの!」と八つ当たり気味に叫んでいた。


 わたしは大げさに騒ぎ立てる侍女から目を逸らす。

 ここに来ればあのエリク王子に会えるかもと思ったんだけど、見回したところ、人の気配すら感じられない。さらさらと梢を揺らすのどかな風が吹き抜けていくだけだ。あ~、心が洗われるわね。

 酷く騒がしいわたしの侍女の声は、どう考えてもこの場所には似つかわしくない。

「エミリアナ様、このようなところを歩かせるだなんて、酷うございますわ」

 辺りをキョロキョロと見回すわたしに、見当違いの恨み節が又しても届いた。本当になんだって今日はこんなにしつこいんだろう。

 あのね、ルイーズ。わたしは憎きアウトライムの人間でも、ましてや問題児のアンジェラ本人でもないのよ。あなた、さっきは聞き捨てならないことをさらりと言っていたでしょう?

「エミリアナ様、お聞きください。わたしはー-」

「ねぇ、ルイーズ。わたしはあなたに付いて来てなんて一言も言ってないでしょ。荒れ地を歩きたくないんだったら、おとなしくキャリーと一緒に部屋で待ってたらどうなのよ」

 いい加減我慢の限界がきていたわたしは、ルイーズに負けじと胸を反らして向き直った。

「そういう訳にはいきません」

 ルイーズもむきになって即答してきた。

「何故よ? 何でそういう訳にはいかないのよ」

 わたしが顔を覗き込んでやると、彼女はグッと詰まって妙な表情でこちらを窺ってくる。それから言いにくそうに何度も口を開けたり閉めたりを繰り返したのち、やっと渋々続きらしきものを口にした。

「……エミリアナ様は……、アウトライムの第二王子にお会いになるのでしょう?」

「そうよ。それが何?」

 何を言うかと思ったら、そんなこと。

「当たり前じゃない。あの王子からアンジェラの情報を引き出してやるのよ。あれは絶対何か知ってるって顔だったわ。でも、それがどうしたって言うの?」

「そんなの、おめおめ見過ごせるべくもありませんわ」

「どうしてよ?」

「どうしてですって?」

 ルイーズは目をカッと見開いてわたしを見据えてきた。その迫力たるや、さっきまでの逡巡振りはどこへ行ったのかと問いただしたいくらいよ。

 彼女のギンギンの眼差しにわたしは思わず腰が引けて、二三歩後ずさりを余儀なくされる。

 しょうがないじゃない。だって怖いんだもの。怖くて怖くて仕方ないんだもの。

 すぐにルイーズが血走った目のまま迫ってきた。わたしは危うく漏れ出そうになった悲鳴を辛うじて喉の奥に飲み込む。

「よろしいですか、エミリアナ様。エミリアナ様にはアーサー様というご立派な婚約者様がいらっしゃるのです。それなのに、エリクとかいう他国の地位だけ持っている単なる穀潰しに横からしゃしゃり出て来られるのは、わたし我慢なりませんの。エミリアナ様が天にも届く高い理想をお持ちなのは存じてますわ。だからもちろん、エリクなどという顔面残念な薄毛の短足王子に惑わされることなどないことぐらい、このルイーズ、重々分かっておるつもりです。だけど、だけど」

 ルイーズは肩をぶるぶると奮わせ唇を噛み締めた。気がつけば涙までうっすらと浮かべてる。

「あ、あのぅ、ルイーズ……?」

 あなたいったい、どうしたのよ?

「だけど、エミリアナ様」

 ルイーズはわたしの呼びかけを綺麗さっぱり無視して、上から覆い被さってきた。た、食べられるかと思ったわよ。脅かさないで。

「もしも間違いが起こってしまったら? もしも、エミリアナ様の気が触れて、エリクとやらにコロリと転がされてしまわれたら? わたし悔しくて口惜しくて、夜も眠れなくなりますわ」

 ルイーズ、あなた……、仮にも他国の王族つかまえて、なんて暴言を吐いてるの。しかもわたしに対しても酷い言いようじゃない。


「ルイーズ……」

 わたしは侍女の不敬に目を瞑ることにした。こんなにも、こんなにもわたしを思っているからこその言葉なんだもの、大目に見てあげる。わたしは心の狭い人間じゃないんだから。でも、間違ってもエリク王子の前ではやめてね。

「わたしなら大丈夫よ。わたしがあの程度の男性には靡いたりしないって分かってるでしょ。わたし達は同志じゃない」

「エミリアナ様……」

「わたしの審美眼はそうやすやすと篭絡されるような生易しいものじゃないわ。馬鹿にしないでちょうだいよ」

 にっこりと微笑むわたしに向かって、ルイーズが弱々しく口元を緩める。

 よかった。なんとかルイーズを納得させることが出来た。だけど、どうして彼女がここまで必死になっていたのか理由は分からないけど。


 訳の分からない騒動からわたしはなんとか解放され、ようやくホッと息をつけた時、その音は何の前触れもなく聞こえてきたのだ。


「凄いね、実に素晴らしい喜劇だった。笑いを堪えるのに酷く苦労したよ」


 朗らかな笑い声と共に高らかな拍手を鳴らしながら、男がすぐ側の木の上から滑り降りてくる。


「ど、どちら様ですか……?」


 タンと軽い身のこなしで隣に降り立った男を見たルイーズが、惚けた顔と声で間抜けな質問をしていた。

 わたし達の前に現れたのは明るい性格が滲み出た細身の青年。赤茶けた長めの髪を優雅に払い、体についた木の葉を軽く手で振り落とすと、こちらに向かって小さく頭を下げた。

 目を細めてニヤニヤと緩む面差しは、まさにわたしの探していた人物で、わたしは一気に血の気が引いていくのを感じた。


 ねぇ、こ、この人って……、この人ってば……もしかして……。


「エ……、エリク殿下」

 ぶるぶると震えるわたしの手を取り、男は、ううんエリク王子は軽くそれに口を付ける。

「はい、僕です。また、お会いしましたね、エミリアナ様」

「エリク殿下?!」


 わたしと王子を見比べ、ようやく事の重大さに気づいたルイーズが、目を白黒させて空気を切り裂くような奇声を上げていた。




 

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