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この物語は「気まぐれプリンス」のスピンオフです。
前作を読まれてなくても大丈夫なように書いているつもりですが、お読みになったあとの方がより楽しんでいただけると思います。
結婚相手に望むものは何かーー?
それはわたしの場合、何と言っても見た目に尽きる。
その中でも、まずは顔。この点には我ながらうるさい。何しろわたしは、子供の頃から綺麗な人ばかりに目がいっちゃうの。これは病気みたいなものだから、残念だけど治らないでしょうねって、周りの者は皆諦めている。
次に髪型。
やっぱり髪があるのに越したことはないと思う。だって、わたしってまだ十五歳なのよ? 薄くなった頭髪の人には悪いけど惹かれないわ。風に靡く髪の毛とかうっとりするものね。鬱陶しそうに前髪を掻き上げる仕草なんか、ぐさぐさと胸に突き刺さっちゃうくらい。
ええとそれから、あとは体型かしら? 細過ぎず太過ぎず、適度に筋肉をつけた背の高い人がいいわ。筋肉は絶対必要よ。やっぱり逞しい胸に抱かれたいって思うもの。
やだ、抱かれたいって……、変な意味じゃないのよ。ほら、ええと……、そう抱擁よ、抱擁。
ねっ、挨拶とかでよくするじゃない? 親しみを込めてギュって。
そういう話のことなの、今のは。だから……、はしたない勘違いはやめてよね。
「あなたがお好きなものは何ですか? エミリアナ様」
「は、はいっっ?」
突然、前から聞こえてきた質問に、わたしの思考は中断された。あんまりにもびっくりしたせいで、声が裏返ってしまう。
ハッとして顔を上げた。目の前には、服装ばかりごちゃごちゃと着飾った、どこからどう見ても理想からかけ離れた男がいた。
「す、好きなもの、ですか……?」
いけない、いけない。ついつい現実逃避していたみたい。だって、この男があまりにも眠たい自慢話を連発してくるから……、って、わたし誰に言い訳してるんだろう?
「そうですね……」
答えをひねくり出すため無理やり言葉を繋げながら、目前の男ーーもとい隣国リロード王国のリアン王子を盗み見る。
こちらを見ていた彼とまともに目と目が合って、何とも言えない気持ちに襲われた。
リアン王子がニヤニヤと笑いながら続ける。
「ちなみに、わたしの趣味は狩猟です。わたしは、雉打ちが得意なんですよ」
品の欠片も感じさせない、でろーんと伸びきった鼻の下。太陽を弾いてテラテラと光る気持ち悪い歯。
そんな笑顔を目の当たりにして、「うげえっ」と心の中で悪態をついてしまうのは仕方ないと思う。だってこのヒトの場合、笑ってない方がまだマシと言うか、そんな感じなんだもの。
わたしは心の中で「誰か助けてー!」と叫んでいた。でも当たり前だけどその叫びに応えてくれる人は、誰一人としていなかったのだ。
わたしの名前はエミリアナ。エミリアナ・シェル・ハーディア。大陸の西に位置する小国、ハーディア王国の第三王女。
シェルはこの大陸の古い言葉で光を意味する。つまりわたしの名は、ハーディアの光エミリアナっていうわけ、素敵でしょ。
けれど残念ながら、この名前はわたしだけのものじゃない。わたしの家族は皆、シェル・ハーディアを名乗っているから、ハーディアの光は他にもいるというオチがつく。ほんと、残念。
年齢は当年とって、ぴっちぴちの十五歳。花も恥じらうお年頃のプリンセスがわたしの職業ってこと。
そんなわたしは現在、両親である国王夫妻に命じられ、この目の前にいる、背が低くて横にぶくぶくと広がった小太り男子、リロード王国のリアン王子とお見合いの真っ最中だった。
隣国から見合いの為にわざわざやって来たリアンは、見えないけれど十八歳とかで、年齢だけならお似合いと言えるかもしれない。
だがこの見合いには、見過ごせない大きな問題があったのだ。
主に、わたしの方だけが抱える問題なのだけど、最重要課題と言っても差し支えないほど大切なことだったわけ。
それは何か? ここまでで大抵の人はお察しじゃないかしら。
そう、リアン王子は、とんでもなく不細工な王子様だったのだ!
どのくらい不細工かと言うと、しいて言えばそうね。醜く太ったガマガエルを、思い切り放り投げたら潰れちゃったって感じかしら。ちょっと意味が分かりにくかったかもしれないけど、気持ちの悪さは伝わったんじゃない?
わたしはね、自他共に認める面食いなのっ!!
それなのに、これは何の罰なのかしら……、ねぇ、神様?
わたしと彼は、城の庭園に用意されたお茶の席で、優雅に会話を楽しんでいた。いや、わたしは全然楽しんではないんだけど、あくまでも表向きはってことよ。
だけど、見合い相手のこの王子がそれに気づいているかは、正直微妙だった。だってわたしを見てニヤニヤ笑っているのよ。多分全然気づいてないわ、こっちが少しも楽しんでないことなんかね。
それ以外にも、周囲にはわたし達の様子を固唾を飲んで見守る、目障りな両国の関係者が大勢いた。見える場所から、はたまた見えない場所から、チラチラチラチラ鬱陶しくこちらを見てくる人間。
わたしの前方、ちょうどリアンの後ろにある生け垣の横の目立たないベンチに座り、恐いくらいに睨みつけてくるお髭のおじ様はリアンのお目付役だし、わたしの横の花壇前で何気ないふうを装い、談笑している二人組は、それぞれの国の外交を担う大臣の副官だったりする。
そんな人間達がこの庭園内にいっぱいいるの。こんな状況で落ち着けてたら心臓に毛が生えてるわよ。
けどま、仕方ないのよね。だって考えてもみて。
こんなのお見合いと言う名のもはや外交じゃない?
わたし達を二人っきりになんかさせられるわけないわよ。もしもわたしと彼を二人だけにして、それが原因でお互いの関係にヒビが入ることになってしまったら、それこそ大問題だもの。
反対に考えたくもないけどわたしとリアンがうまくいって、結婚てことにでもなってごらんなさいよ。
両国の益は計り知れないものになるわ。
だから誰しもがこの見合いを成功させようと、鬼気迫る顔で見守っていた。その何とも言えない空気を気にもしないリアンは、ある意味大物とも言えるかもしれなかった。
わたしは、庭の片隅からこちらを窺う、護衛騎士の姿を恨めしげに睨む。
見合いを成功させろと命令でも受けているのか、随分生真面目な様子で控えているのが見えた。
あの騎士は、この庭園内にいる人間の中で、唯一わたしの心情が分かる男なのだ。それなのに、主の苦行をそっちのけで王や王妃からの命令を優先しているのが、凄く凄〜く腹立たしい。
「そう言えばちょっと小耳に挟んだのですが、エミリアナ様のご趣味はダンスだとか? ダンスがお好きだなんて、女性らしいご趣味ですね」
リアンの能天気な声が聞こえてきた。
わたしは、危うく飲みかけのお茶を吹き出すとこだったわ。
「ーーだ、ダンスですって?」
冗談でしょ?
大きな声では言えないけど、わたしは王女のくせして、ダンスが「大っ嫌い!」なのだ。幼少の頃より、みっちりレッスンを受けているのに、この年になっても少しも上達していない。
ダンスを踊ると相手の足を踏むのは当たり前、酷い時は自分のドレスを踏んづけてすっ転んだこともある。それを一緒に踊ったパートナーのせいにして大騒ぎしたこともあったわ、あれはいつのことだったかしら?
とにかく肌が合わない。ダンスなどと言う訳のわからない体操とは。
それにしても、誰がそんな馬鹿げたことを吹き込んだのよ。後で、とっちめてやらなくちゃ。
「いったい、どなたにお聞きになられたのですか? 」
わたしの質問にリアンは満面の笑みを返してくる。や、やめてよ、その顔心臓に悪いじゃない……うぷっ。
「マルグリット陛下より、教えていただいたのですよ。いや、僕も踊るのは得意でしてね。この話を聞いた時、思わず運命を感じてしまいました。僕達、とても気が合うなあ。そうだ、このあと一曲、ご一緒致しませんか?」
悪いけど、後半全く耳に入ってこない。
「えっ、お母様が? ーーいえ、母が、そう申したのですか?」
踊るのが得意? 冗談よね、その顔で。
「ええ。到着したおりにそうお聞きしました。あなたの華麗なステップを、ぜひとも拝見したいなあ」
「そう、ですか……」
リアンの言うことを華麗に無視して、わたしは母のマルグリットを思い出し、怒りに震えていた。犯人はわたしの母、この国の王妃マルグリットだったのだ。有り得る事実に驚き自体はない。
思えば母の態度は、最初からおかしかった。見合いの話を持ち出してきた時だって、そわそわしていて凄く落ち着きがなかったもの。いつものことだと気にもしてなかったけど、これーーリアンの容貌ーーが原因だったのね。
何とかして娘をどこぞの男に売りつけようって魂胆なのかしら。しかも、こんな不細工によ。わたしの好みを知っているくせに、酷いわよ!
とにかくリアンとのダンスだけは、何としても阻止しなければ。こんなのと踊るなんて、ぜえったいに無理だから。
「わたし、ダンスはあまり得意ではありませんの。リアン様と踊るだなんて、緊張してしまいますわ」
「そうなのですか? しかしマルグリット陛下は……」
「母は酷い運動音痴ですの。母から見たら、誰でも達人の域に達してしまいます」
「は……あ」
リアンは呆然としている。間が抜けた顔がいい味出してるじゃない。だからと言って、結婚なんて御免だけど。
「それに、わたしは今、足を怪我していますのよ。だからダンスはご容赦下さいませ」
わたしはそう言って、彼にだけ見えるように、チラリとドレスの裾から足首を覗かせた。
勿論、怪我などしてはいないけど、どうせリアンには確認なんか出来ないんだから別にいいのだ。
案の定、リアンはこれに食いついて来た。食い入るように足を見ていて、いやらしいったら!
「大丈夫なのですか? どこを……」
彼が体を屈めて、手を伸ばして来たところを見計らって、素早くドレスを下ろしてやる。
「恥ずかしいですわ、そんなに見つめないで」
リアンの指が残念そうに空を泳いだ。酷くがっかりした顔で、名残惜しそうにドレスに隠れたわたしの足元を凝視している。
「これは大変申し訳ない。そうですね、怪我をされているなら無理をさせる訳にはいきませんか。仕方がない、今回はダンスを諦めましょう」
リアン王子は眉を下げて、ついでに目尻と頬を下げて卑屈な笑顔になった。全体的に顔が垂れ下がって、そのまま流れていっちゃいそうで、思わず上へと持ち上げたくなる。
あ〜やっぱり無理! この人は、わたしの許容範囲から外れまくってるんだもの!
「しかし、ダンスの件は別として、あなたのお好きなものは他にないのですか? 僕はあなたのことが知りたいのです」
「そ、そうですね……」
答えるのも面倒臭いけど、返事を返さない訳にはいかない。
わたしの立場ではいくら乗り気がしなくても、せっかく来てくれた相手を無碍に扱う訳にはいかないのだ。
わたしだって一国の王女。外交ぐらい立派にやり遂げてみせるわ。この縁談は破談にさせてもらうけど。
「さあ、エミリアナ様。どうぞお聞かせください」
「え、ええ……」
王子は今にも顔を近づけん勢いで迫ってくる。ハアハアと荒い鼻息がわたしのとこまで届いてきそう。
「エミリアナ様……、あなたはとてもいい匂いをされていますね」
調子に乗ったリアンが鼻をヒクヒクとさせていた。
「乙女の匂いだ、かぐわしい……」
顔に合わない台詞を吐いたあげく、大きく広がった二つの鼻の穴から、ぶっとい鼻毛を覗かせていた。
ちょっと……?!
荒い鼻息に合わせて、そよそよと波打つリアンの鼻毛が目の中に飛び込んでくる。
「ーーリアン様!」
椅子を蹴っていきなり立ち上がったわたしを、リアンは呆気に取られて見つめていた。
「わたしの好きなものを聞かれましたよね?」
「は、はい……」
茫然自失気味のリアンを前に、深呼吸をして息を整える。
「わたしの好きなものは、ズバリ、美男子ですわ!」
気がついたらわたしは大声でそう叫んでいたの。