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企画参加短編集

陽だまり ~猫耳執事とお嬢様のしっぽ~

作者: 高砂イサミ

ぐうたらパーカーさん主催の短編企画「陽だまりノベルス」参加作品。お題は「陽だまり」です。


 窓からさっと日の光が射した。鳥のかろやかなさえずりも聞こえてくる。レースのカーテンの向こうはきっと、抜けるような青空だろう。

「……う」

 天蓋つきの広いベッドの上で身体が埋もれるほどふわふわな上掛けをはねのけて。

 少女は、思わず叫んだ。


「うにゃああああああああああああああああああ!!」


「お嬢様。おはようございます」

 ベッドの横で、ぴしりとした正装の男が型どおりに長身を折った。しかし彼女にはそれどころではない。金糸の髪を振り乱し、まっ白なナイトドレスを脱ぎ捨てながら、涙目で彼をにらんだ。

「ちょっとお!! 私どうしてここで寝てるのおぉ!?」

「昨夜はお疲れのご様子でしたので、僭越ながらわたくしがここまでお運びいたしました」

「サイアク――まだ書類の押印さえ終わってなかったのにぃぃ!!」

「おそれながらお嬢様。お嬢様はお酒に酔っていらっしゃるかのような調子で身体を揺らされながら書類に向かっておられました。あのまま続けられたとしても、何かしら失敗をなさっていたのではないかと」

「うにゅぅ……」

 少女は思いきり眉をひそめてから、大きく息を吸い、吐いた。

 顔を上げたとき、その表情は凛とした女領主のものだった。

「早く服を出してちょうだい。今日の予定は?」

「朝食を済まされましたら、領地南部の視察でございます。午後には先日完成した製粉場への訪問と周辺住民の陳情を……」

「書類の続きを片づける時間は取れそうかしら」

「城外への持ち出しはおやめになった方がよろしいかと。まずはこちらへお持ちしましょうか」

「それしかなさそうね。たのむわ」

「かしこまりました」

 彼は再び一礼した。そのつむじを横目に見て、少女は肩をすくめた。

「あなた鬘はどうしたの。“耳”、見えてるわ」

 黒猫の耳がぴくりと反応した。他でもない、彼の黒髪の合間で。

 彼は、彼にしては珍しく、恐縮の響きを声ににじませた。

「失念しておりました……申し訳ございません」

「あなたこそ疲れているのじゃない? ともかく出かけるまでにはしっかりと隠しておいてね。……まあ、鬘をかぶるのがわずらわしいのはわかるし同情もするけれど」

 少女はため息をついた。

「耳が生えたのがわたしならば、帽子なりをかぶればすむのにね。主と同行している執事がそれでは示しがつかないから……」

「おそれながら、お嬢様」

 執事が腰を折ったまま、わずかに顔を上げた。

「お嬢様もどうぞご留意を。その……見えております」

「え」

 少女はあわてて身体をひねった。

 自分のうしろを見る。と、まっ白なしっぽがぴょこんと跳ね上がった。少女の腰より少し下から伸びているものだ。そして、それのせいで下着がまくれ上がり、中が、少しだけ――

「にゃーっ!!」

 少女は光の速さでうしろを手で押さえると、その場にしゃがみ込んでしまった。



          * * *



 数刻後、少女と執事は馬車の中にいた。ガラガラと耳障りな車輪の音に紛れ、少女は口を動かした。

「調査は?」

「続行中にございます。しかし残念ながら、手がかりはまだ」

「そう」

「もとより魔術士という輩は逃げ隠れを得意とします。それが更に、領主の保護を受けているともなれば」

 執事はわずかに苦い色をにじませた。少女は苦笑し、窓に頬杖をついた。

「仕方のないことだわ。焦らず行きましょう。“呪い”はひとまず進行を見せないようだし」

「……」


「それにしても“猫化の呪い”だなんて――ふざけた呪いもあったものよねぇ」


 おどけたような言い方をして、しかし少女は不機嫌に目を細めた。

 そう。ふざけたことにそれが彼女たちの現状だった。

 黒猫の耳と白猫のしっぽ。

 2人にそんなよけいなものがくっついてから、かれこれ2ヶ月ほどになる。

「本当、意味がわからないわね。なんでよりによって猫なのかしら? おかげで日常生活に支障がないこととは幸いだったけれど。それと、どうしてか呪いが2人に分散されて、完全な猫化を免れたことも――」

「お嬢様」

 執事が目配せをした。続いて前方にいるはずの御者の方を窺い見る。少女も顔をしかめつつ口をつぐんだ。

 しかしすぐに身を乗り出し、精いっぱい抑えた声で不満をこぼす。

「解呪には術者の身柄をおさえなくてはならないのよね……やらせたのはほぼ間違いなく隣接領の“あいつ”とわかっているというのに。まったく腹立たしいわ」

 このことはまだ、彼と少女の2人しか知らない。少なくともこの領地内では。国王への報告もしていない。報告したところでどうにもなりはしないだろうからだ。

 そしてこれからも決して知られるわけにはいかなかった。領主が呪いを受けているとなれば、領民が動揺する。そこを他の領主につけ込まれるというのは、あってはならないことだ。

 少女はふっと息を吐き、クッションに背中を埋めた。

「ともかく、引き続き調査を」

「かしこまりました」

「とっつかまえたら、もちろん黒幕の名前も吐かせなさいね? あとで存分に“お礼”をして差し上げる必要があるわ……」

 若干黒い笑みを浮かべた少女は、そこでふと身体を起こした。ガラスのない窓から大きく身を乗り出す。

 外にはのどかな田園風景が広がっていた。今は麦の収穫時期だ。農夫達がおのおの農具を手に作業にいそしんでいる。

 その中の1人が馬車に気づいたようだった。

「おぉ姫様、おひさしゅうございます!」

「ごきげんよう! 今年のできはどう?」

「おかげさまで大豊作ですじゃ!!」

 他の者も手を休め、こちらに手を振ってきた。少女も笑顔でそれに応じた。そして同じことが、違う麦畑を通りかかるごとにくり返される。

 何度も同じように声を張り上げ、手を振り返す。体力的にそこそこ疲れる作業だ。しかし、少女はこうやって皆と言葉を交わすのが好きだった。

「今日はいい天気ね!」

「ですなあ! 刈り入れがはかどりますわ!」

 やがて農地を抜けた。

 ひとつ大きく息を吐いて、少女は顔を仰向けた。

「お疲れさまでございます」

「ん。……ねえ、あんた」

「はい」

「本物の猫になりたいって、思ったことある?」

「は?」

「わたしはあるわよ」

 少女は微笑した。いたずらっぽい、子供のような笑みだった。

「あまりにも仕事が忙しかったりすると、猫になりたい、あったかい陽だまりでのんびりお昼寝がしたい、なんて。少し前まではよく思ったわ」

「『少し前まで』でございますか」

「周辺領地の動向がどうにもキナ臭くなってきた、その前まで」

 窓から入る陽の光に目を落とす。光の中に手をかざす。冬が長いこの地域で、この暖かさは貴重だ。

「……本日でしたら、絶好の昼寝びよりでございますが」

 何を思ってか執事が言った。少女は少し恨めしげな顔になり、それでもきっぱりと、かぶりを振った。

「ここでわたしがごろごろし始めたら、よその領主連中が喜ぶでしょうね。そのほとんどは民を見下すようなお高くとまったヤツばかり。彼らに、皆の笑顔は守れるものかしら。……わたしにはそうは思えない」

 執事がうなずいた。肯定なのか、ただ主に追従しただけなのかはわからないが。

 それでもいい。心は決まっている。


「わたしはまず、みんなの陽だまりを守りたいわ。それがわたしの役目。わたしの心からの望み。わたし自身が陽だまりでお昼寝するのは、その後でいいのよ」


 ガラガラと車輪の音が響く。

 ややあって、執事が口を開いた。

「そろそろ到着するようです」

「そのようね」

「お嬢様」

 少女が顔を上げると、執事は向かいの席で深く頭を垂れた。

「お供いたします」

「……ありがとう」


 馬車はゆるやかに速度を落としていった。

 温かな、優しい陽だまりの中で。


                                END



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