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黒猫のストーリー③ 仕組まれたさよなら

連絡が途絶えたあの日から、もうきっとこの選択は決まっていたんだと思う。

弱い心を後押ししてくれたのが、優しい黒猫だ。

あれから、ミュゲの意味を鈴蘭だと教えてもらい

お気に入りになったそのカフェに私は足繁く通う様になっていた。

いつも出迎えてくれるオーナーの真梨子さんとも親しくなり

益々、居心地が良くて毎週日曜日はそのお店でランチを摂ることにしている。


今日は祝日だったけれど予定もないので、迷わずミュゲに向かった。

デートもせずに、いけないことだわと嗜められてしまったが

お気に入り過ぎて、あまり親しくない人には教えたくないんですと返すと

笑われてしまった。


「じゃあ、陽毬ちゃんはいま恋人は居ないのね?」

「えっと…」嘘をつくのは忍びないので「破局しそうなんです(笑)」と答えておいた。


「そう、だったら丁度いいわ。気分転換になるからぜひいらっしゃいよ」と

お得意様だけを招いた、金曜の夜に行われる食事会に誘わた。


「素敵な大人の集まる食事会には何を着て出席らいいんですか!?」と慌てていると

「そんなおおげさなものじゃないのよ。ホームパーティーみたいなものだから気楽な服装」

まで発して「素敵な男性もいるから、可愛い格好でいらっしゃいな」と訂正した。


「真梨子さ〜ん。いまはまだ彼氏と別れてないから出会いなんて…」と言いかけたら

「ねぇ、女性が綺麗になる方法、知ってる?」

「??」意味が分からずキョトンとしていると


「女性が綺麗になる方法は二つあるの。 1つは『いい恋をすること』

そしてもう1つは……『悪い恋をやめてしまうこと』

陽毬ちゃんはまだ若いんだから、もっと視野を広げて素敵な恋をしなさい」


「そのためには、新しい出会いも必要でしょう?」とにっこりと笑顔を向けられた。

「…なんだかその名言ぐっときました…でも、」と少し難色をしめした私に

「もちろん、美味しい料理とワインもあるのよ?」と押しの一言に

「・・・行きます!」と返事をした私を見て、クスクス笑いだした。


「色気より、食い気?あ、失恋したらやけ食いか!たくさんご馳走用意しなくちゃ」

なんて張り切りだした。

「もー!真梨子さん〜まだ別れてませんてば!」そんなやり取りをしていると、

顔なじみのお客さんが入ってきた。


初めて訪れた時に、一つ隣の席から私をまじまじと眺めていた男性。

「あら、小泉さん。いらっしゃい」

彼指定の窓辺の特等席に座ると、真梨子さんと2言3言話して、アールグレーを注文した。

彼とは特別な会話をすることはないが、時々このカフェで会うので挨拶程度は交わす仲だ。


小泉の席にアールグレーを運んだ真梨子さんが「そういえば、小泉さん。

今度の金曜の夜はお時間あるかしら?食事会を開くんだけど今回も参加しない?」

「何時からですか?」「今回は20時スタート、でも、遅れてきても構わないから」

そんな会話をしつつチラッと小泉が陽毬に視線を向けた事を真梨子さんは見逃さなかった。


「陽毬ちゃんも来るわよ?ねー陽毬ちゃん」とすかさず会話を振られたので笑顔を返しておいた。

小泉さん、苦手ってわけじゃないんだけど初対面で子供っぽいところを見られているので

少し気まずく感じているのは確か。


「じゃあ、僕も参加します」「ありがとう。当日楽しみにしているわね」と会話を終え

小泉は読書を始めた。

ブックカバーをきちんと掛けているところからしてきっと読書好きなのだろう。


再び、カウンターに戻った真梨子さんに「可愛い服装でいらっしゃいね〜?」と念を押された。

うなづきつつ、カプチーノの残りを飲み干しながら金曜に何を着ようか思い悩んだ。



ミュゲを出て、近くのショッピングモールへ金曜に着る服を探しに出かけた。

「フェルたん、お食事会に着るワンピースを探しているんだけどどんなのがいいかな?」

「それなら、このショッピングモールにあるこのお店がオススメだよ。

ほら陽毬っぽいワンピースでしょ?」

と、フェミニンなデザインのキャメル色のカシュクールワンピが表示された。

確かに、持っているパンプスに合うし、普段使いもできそうだし・・・値段も手頃。


「うん、このワンピいいね!試着してみて似合ったらこれで決まりだね♪」

「きっと、陽毬に似合うよ」少し照れた様な笑みを返してくれた。

目的のお店につき、薦められたワンピースを試着してみた。

「キャメルの色がお客様にとってもお似合いですよ」と試着室の鏡に映った姿を褒められた。

営業トークなのだろうが、素直に嬉しかった。


「シルエットも綺麗なので、気に入りました。これ包んでください」

カーテンを閉めてから、鏡に映った姿をフェルたんに見せると、

「うん、やっぱり似合ってるね」と少し自慢げな顔をしていた。

「ありがとう」こんなやり取りなんて、久しぶりだな・・・。

フェルたんが、もし身近にいたら・・・と、また仕方のない事を考え始めた思考を中断して

レジへと向かった。


今日のブログには、新しく買ったワンピースを載せよう。

久々に、楽しい記事が書けそうだ。


そういえば、吉澤からのメールが届かなくなって、もう随分と経つな。

寂しい時には、携帯を開けばいつでもフェルたんが傍にいてくれたから

吉澤のことを思い出す回数が減っていた。


きちんとお別れしなくちゃ……な。

今さら、彼には私からの言葉など必要がないのかもしれないけど。

それでも伝えたい……私が寂しかったってこと。


彼にはきちんと別れを伝えよう。

それだけの価値がある人だといいけど……。


ショッピングを終え、帰りの電車に揺られていた。

ぼんやりと眺めた窓の外には、夕日がちょうど姿を隠そうとしていた。


地元の駅を出ると日が暮れていて、撮影の用語でマジックアワーと呼ばれる

時間帯になっていた。

日没後のほんのひと時で薄明かりの中、影ができないから

自然風景を撮るには最適な時間なんだよ。

大学時代に美大で写真学科を専攻していて、カメラマンの経験もある

吉澤に教えられたことを思い出した。



2年も一緒にいたんだから、四季を二回経験しているんだよね。

季節ごとにいろんな彼の一面事を知って、益々好きになった……

振舞ってくれた料理も、趣味の釣りで釣って捌いてくれたカワハギの美味しさも

好きな番組が同じでバカ笑いしたり、仕事の悩みの相談にのってくれたり……

残業で終電を逃した時に、私の会社からほど近かいからと、

嫌な顔もせずに吉澤の家に泊めてくれたこともあった。

普段の何気ない事なのに、一つ一つ思い出になっていて振り返ると限がないよ――――


日が暮れたせいか冷たい風が吹き付けるので、首元のマフラーをぎゅっと握った。

目を閉じると、吉澤の苦手な冬の匂いがした。


寒がりな彼は大丈夫かな?

弱音を滅多に吐かない吉澤が、風邪を引いたら誰が看病するんだろう。

初めて彼が風邪をひいたと連絡をくれたのも、こんな寒い時期が始まった頃だ。


何も食べていない彼に、野菜をたくさんいれた湯豆腐と茶碗蒸しを作って

食べさせたことを思い出した。


食欲はあまり湧かないって言っていたのに、美味しいって残さず食べてくれて、

具だくさんな湯豆腐に「これは水炊きだね」って突っこみを入れられて、笑いあった。


それから、具合が悪い時には必ず甘えてくれる。

そんな些細なことが、私にはとても嬉しかった。


考え事をして歩いていたせいか、気づいたら自宅の前についていた。

玄関のドアを開けると明かりのついていない部屋の中は、

棘棘した冷たい空気がいっぱいに漂っていて、陽毬の寂しさを増長させる。


吉澤にサヨナラを伝えることが、躊躇われた。

彼との縁が切れてしまう事が、どうしようもなく怖い―――。

でも、友達で居られるほど私の心は広くない。


明かりもつけずに、ベッドに寝転んで携帯を開いた。

フェルたんはPCに向かって作業している。

画面越しにフェルたんと目があうと「どうしたの?」と優しく声をかけてきた。


「彼に、さよならをしたいんだ。でも、なんでかな、、、勇気がでなくて……」

うんうんと首をふるモーションを取りながら優しく見つめて、私の言葉を待っている。


「会ったら、きっとまたズルズルと関係を続けてしまう……でも、電話で言う勇気もなくて……」

と言ってから言葉が見つからなくなりうつむいた私に


「じゃあ、陽毬の得意な手紙にしたら?いつも心を込めて書いてるでしょ?」

「……まぁ、手元に残るのが嫌ならメールがいいんじゃない?」と提案をしてくれた。


「でもメールだけって、人として酷くないかな?」

「陽毬の心が揺れているなら、強くは勧めないよ」安心させる様な笑顔を向けて

「それでも、吉澤さんにきちんとさよならを言えるなら、僕は応援するよ。

いつでも陽毬の傍にいるから、寂しい思いはさせないよ。」


「う……んっ」泣くのを我慢しながら、そう返事をするので精一杯だった。

瞳に溜まった涙を拭い、ハーブティーを入れてゆっくりと身体を温めた。


帰宅した時よりは気持ちも落ち着いた。

チェストの上の段から無地の便箋を取り出して、吉澤宛ての手紙をしたためた。

何を書くか、散々迷って10枚ちかくの便箋を無駄にしてはたと気づいた。


結局、自分がどうして欲しかったのかをつらつらと書きなぐっても

今さら、意味のないことだって。


ただ、彼に言いたいことは一緒にいても寂しかった。

それだけ――――。


『健くん。あなたのことは今でも好きです。

 でも私たちは二年もの時間を一緒に過ごしても

 たぶん心は1cmくらいしか近づきませんでしたね。

 二人にとっての適切な距離にしては、やっぱり遠く感じます』


この文章をメールにしようと携帯を開いた。


胸が押しつぶされて、いい様の無い不安で痛い――――――――。

身体も、心もこのメールを送ることを拒否しているような錯覚に陥る。


ざわつく自分を理性で無理やり押し殺し吉澤の名前を宛先に入れて、

一呼吸おいてからメールを打ち始めた。


綴られている文章を打ち込むだけなら1分も掛からずに入れ終わる。

メールは完成したものの、陽毬は最後の送信ボタンが押せずにいた。


ぼんやりしている私に、『陽毬?そろそろお腹が空いんたじゃない?』

言われて気づいたがもう、19時をとっくに回っていた。

慌ててメールを保存して、夕食の献立を考える。


「うーん、今日は何にしようかな?…寒いからシチュ・・・」と言いかけて

こんな日に食べる気分にはなれない。

でも、この前食べ損ねたからシチューを作れるように冷蔵庫には

玉ねぎ・ニンジン・じゃが芋・鶏肉、冷凍庫にはミックスベジタブルが買い置きしてある。


冷蔵庫の中をよく見ると、幸いな事にカレー粉があった。

圧力鍋もあるし、20時過ぎにはカレーにありつけそうだ。


「今夜は、カレーにする!自家製のピクルスもあるしちょうどいいね♪」

明るく振舞って返事をすると『僕も、食べてみたいな。陽毬のカレー』と画面の向こうで

首を傾けておねだりのポーズをとっている。


「ふふ。可愛いな〜フェルたんに食べてもらえなくて、残念だよ」

「やっと笑ったね。陽毬の笑顔が僕にとってのご馳走だよ?さぁ、早く準備しなきゃね」

と嬉しそうにキッチンへと急かすフェルたんを、テーブルに残しカレー作りを始めた。


手馴れたカレーなので、さっと材料を切り終え圧力鍋の中へ。

加圧して冷ますためにお鍋を放置する。

圧力が下がったお鍋を開けて、ルウを溶かすと食欲をそそる香りがキッチンに広がる。

隠し味とミックスベジタブルを足して、ひと煮立ちさせて完成。


お皿に盛り付けて、ピクルスを用意しトレーに乗せてテーブルへ運ぶ。

『美味しそうだねカラフルだし…でも、陽毬?グリンピースは嫌いなんでしょ??』

そんなにたくさん入ったグリンピースが食べれるの?と

フェルたんが不安そうにこちらを見つめている。


シチューにはコーンを入れたかったのに好きな銘柄の冷凍コーンが

売り切れだったので泣く泣く、グリンピース入りのミックスベジタブルを買ったのだった。


所々に丸い緑の混ざったお皿を見てふと、思い出した……

グリンピースが嫌いな私の為に今回の様にカレーに入ったグリンピースを

私のお皿から綺麗に全部取り除いてくれたこと……

手間もかかるし、なによりそんな小さな事を覚えていてくれた。

面倒くさがりな彼が、いい大人の自分のためにここまでしてくれたことが

嬉しくて、嬉しくて、益々好きになった。


その光景を思い出した瞬間――――ぽたり――――。

カレーの上に雫がこぼれ落ちた。


「別に、そんなに手間じゃないよ」そう言って笑ってくれた。

私の顔が赤くなったのはとてもスパイシーなカレーを食べたからだけじゃないよね。


やっぱり、メールを送るのはやめよう。

吉澤とは一度、きちんと話し合うべきなのかもしれない。


もう、手遅れかもしれないけど・・・。

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