わかったな?
「はあぁ……燃えたよ……燃え尽きた……」
岳はドラムキットを再現した筐体の前で、ステッキを持った両手をブラリと下げ、天井を見上げてボソッと呟く。予めブレザーを脱いでいたとはいえ、全身汗だくになっていた。その時、ポケットに入れていた携帯電話が震えた。
「おー……誰だ?」
筐体の前の椅子から立ち上がり、ブレザーを羽織ると携帯を取り出して通話ボタンを押す。
『よう、タケ……冬樹だ』
「ウッス……どうした?」
電話の向こうから聞こえたのは、岳の一年先輩である桜庭冬樹の声だった。相手が先輩であるにも関わらず、岳の口調には敬いというものは感じられない。
『今から、俺のアパートに来れるか?話があるんだが……』
「ん?……ああ、別にいいけど」
冬樹の唐突な呼び出しに疑問を抱きながらも、岳はあまり気にせずにそれに応じた。
『悪ぃな……じゃ、後でな』
それだけ言うと、冬樹は電話を切った。耳に当てた携帯電話から聞こえるのは、どこか虚しい響きの電子音だけとなる。
「話……ね。つまんねえことじゃねえだろうな……」
そう呟きながら携帯をポケットにしまうと、カバンを持ってゲームセンターの入り口へ歩き出した。
「さて、と……大丈夫か、飛鳥?」
夕刻の公園……赤色の携帯電話をポケットにしまった冬樹は、自分のすぐ目の前の公衆トイレに背中を預けて座り込んでいる、明るめの茶髪を全体的に逆立った感じのソフトモヒカンにした少年……毛利飛鳥に手を差し伸べた。
「あ、スンマセン……冬樹さん……」
飛鳥は、いくつか傷や痣の着いた顔に申し訳なさそうな表情を浮かべながら、冬樹の手を取る。
「気にすんな……よっと……」
飛鳥が自分の手を取るのを見ると、冬樹はその手を握ってグイッと引っ張って立たせた。
「くっ……何者なんだぁ、テメェはぁ……くうぅ……」
冬樹たちの背後から、悔しさが込められた声が聞こえる。冬樹がチラリと視線を向けた先には、鼻血を垂らし、目に涙を浮かべた少年……
春を病院送りにした張本人、陣内とその取り巻きの双子の少年が地に片膝を着いていた。
「桜庭冬樹ってんだが……マジで知らねえのか?」
呆れたような口調でそう言った冬樹の言葉に、陣内たちは首を横に振る。
「そうか……まっ、それはそうと……」
冬樹は小さく溜め息を吐いてから陣内たちに近づく。鼻先まで迫って自分たちを見降ろす冬樹の迫力に、陣内は思わず息を飲んだ。
「ここのところ、随分派手に動いてんじゃねえか……中央の一年は……」
あからさまにウンザリといった感じを出しながら、冬樹はしゃがみ込み陣内たちに視線の高さを合わせる。
「ここを通りかかるまで、三回もお前のお仲間を相手にすることになったんだがよ……」
しゃがみ込んで、陣内に顔を間近に近づけて睨みつける冬樹は、淡々と続ける。冬樹の睨みに怯える陣内は、思わず顔を逸らす。
「そいつらみんな……雪村ってヤツに自分たちの仲間がなんたらかんたらって言うんだよ……」
「っ!!」
冬樹の口から出た"雪村"という単語に、陣内たちはビクリと体を震わせる。
「……あいつらの"お仲間"ってのが、雪村とやらにどんな目に遭わされたか知らねえが……」
そこまで言った瞬間、冬樹は陣内の前髪をガッと掴み、自分の方を向かせた。
「ぐっ……」
「……南高の生徒とくりゃあ片っ端から噛み付くのはどうかと思うぞ?仕返しのつもりなら、雪村ってヤツだけを狙えばいいだろうが……」
それだけ言うと、陣内の髪から手を放して立ち上がる。
「……お前らのアタマと仲間に伝えろ。明日……いや、明後日の夕方、雪村ってヤツを中央まで連れてくから、黙って待ってろってな……」
「っ……」
「わかったな?」
舌打ちをした陣内を、冬樹はキッと睨みつける。その視線は、頷くことしか許さないと雄弁に物語っていた。
「……行くぞ」
陣内はそう言って立ち上がると、走ってその場から立ち去る。
「あ、ちょっと!」
「待ってよ、よっちゃん!」
双子の少年も立ち上がると、陣内を追って走り去って行った。
「雪村か……飛鳥、お前知ってるか?」
「一年で一番背の高い男子……特別高いから、入学式で目立ってじゃないッスか……」
飛鳥がそう答えると、冬樹は困ったといった感じでボサボサの髪を掻いた。
「……寝坊したんだよ」
「……そッスか」
冬樹の一言に、飛鳥は思わず溜め息を吐いた。