来ぃや、クソガキ……
三年前……
春の通う中学から決して近いとは言えないぐらいのところにある小さな廃工場……床には、鉄材や工具などが乱雑に置かれていた。
「……おいおい……これだけの人数揃えても敵わんのか……」
強面の男が両手を学ランのポケットに入れたまま、目の前の光景を見て呟く。その光景の中心にいるのは、ついこの間まで小学生だったとは思えない身の丈をした少年……雪村春。
その周りには、先程までその少年が無抵抗でいたのを良いことに、袋叩きにしていた不良たちが倒れていた。倒れたままピクリとも動かない者、鼻骨を折られて顔を血に染める者、目に涙を浮かべて腹をおさえる者など、その状態は様々である。
「ハァ……ハァ……」
肩で息をしながら、春は強面の男に体を向け、ゆっくりと近付く。
「……しゃあないな……」
男はそう呟くと、ポケットから手を抜いて殴り合いの態勢に入る。
「来ぃや、クソガキ……」
「フゥ……アァ!」
男の挑発に呼応するかのように、春はゆっくりとした歩みを一瞬止めたかと思うと、男目掛けて駆け出して間合いを詰める。そして、男はそれを待っていたのか、間合いを詰めてきた春の腹部目掛けて前蹴りを叩き込んだ。
「グッ……!!」
「ッ!コイツッ!!」
春の腹部を正確に捉えた前蹴り……春はその痛みに表情を歪ませながらも、男が引こうとした蹴り足を両手で掴み、そのまま掴んだ足を勢いよく引っ張る。男はその勢いに逆らえず、軸足を滑らせて地面に仰向けに倒れ、春はすかさず男に馬乗りになる。
「ハアァ……ハァ……」
馬乗りになった春は男の顔面目掛けて握りしめた右手を振り下ろす。
「ガッ!!この……クッ!!」
右、左、右、と……春は畳み掛けるように男の顔面へ交互に拳を打ち込む。だが、男もやられっぱなしではなかった。
「うっ……らぁ!!」
春の頭を掴むと、馬乗りされた態勢のまま頭突きをし、怯んだところですかさず今度は肩を掴んで力一杯押し込む。互いの体は横にぐるりと一回転し、今度は男が馬乗りになる。
「調子乗んのもここまでや……」
男は不敵な笑みを浮かべたかと思うと、春の前髪を掴み、春の後頭部を地面にガツンと押し付けた。
「ウァ!……ウゥ……」
「もういっちょ!!」
顔を顰めて痛がるのも構わず、男はここぞとばかりに何度も春の頭を地面にガンガンと押し付ける。春は抵抗しようとするが、不良たちに散々痛めつけられたうえに、頭に強い衝撃を何度も受けた体は、徐々に動きが鈍っていく。
「アガッ……グアァ……」
「こいつで……終いや」
男は春の前髪から手を放した男は両腕を高く上げると、自分の両手の指を絡ませてグッと握り締め……
「くたばりぃやっ!!」
「……!」
春の顔面へ狙いを定めてから、一気に振り下ろした。
「……!」
「なっ!?」
男が渾身の力を込めて放ったハンマーパンチ……されるがままだった筈の春は、それを両手で受け止めた。既に抵抗できないと思っていた男は、驚愕に目を見開く。
「ッ……ア……ルアァ!!」
春は受け止めた男の手を乱暴に払うと、男の頭を左手で掴み、素早く上半身を起こすと右手で男の脇腹を何度も殴った。
「あっ……ああぁっ!!」
こめかみに指を押し込まれる痛みと、脇腹を何度も殴られる痛み……
二箇所同時に襲いくる痛みに苦悶の声をあげながら、なんとか逃れようともがく。だが、頭をを掴む左手は、片手では引き剥がせそうになく、脇腹を殴る右手も、手首を掴んだだけではその勢いは止まらない。男は堪らず意識を手放しそうになる。
「っあ……ふぅ……このガキ……野川さんから離れんかいっ!!」
床に倒れていた男の舎弟のうちの一人が、腹を抑えながら立ち上がりフラつきながら春に向かって走ってくると、春の頭を狙ってサッカーボールを蹴るかのように足を振り抜いた。
「ウアッ!!」
突如頭に襲いかかる衝撃に、春は頭を抑える。その隙に舎弟の少年は、男を後ろから抱えて春から引き離す。
「野川さん!なんともありまへんか!?」
「あ……なんとか……」
「くっ……覚えとけよ!!」
男の腕を自分の肩に回して立たせると、舎弟の少年は捨てゼリフを吐きながら、工場の出口に歩き出す。
「フゥ……アッ……あ?」
頭を抑えていた春は、ハッと我に返り周囲を見渡す。ふと目に付いたのは、工場を出て行く高校生たち……
「俺……なに……くっ……」
そこで、春の意識は途切れる。