ゆ……雪村……くん?
「そこの素敵なお嬢さんたち!……良かったら一緒に、ケーキバイキングにでも行きませんか?」
「……へ?」
「な、なに?」
冬樹はすぐ近くを歩いていた二人の少女……愛奈と加奈江の前に、軽快な動きで飛び出してきた。そんな冬樹を、愛奈はキョトンとした顔で見つめ、加奈江は戸惑いながらも睨みつける。
「あれ?俺のこと知らない?南高の桜庭冬樹って言えば、この辺じゃあ有名だと思うんだけど……」
そう言って冬樹は、自慢気に大きく出た腹を叩いて見せる。
「……知ってる?加奈江ちゃん……」
「いや、全然知らないけど……」
愛奈と加奈江は、お互いに顔を見合わせて首を傾げる。
「なるほど……それより、これから予定が無いなら、ちょっと付き合わないか?」
冬樹は軽い調子で言いながら、一歩歩み寄る。
「あ、あの……えっと……」
「悪いけど、急いでるからこれで!」
狼狽する愛奈の手を掴み、加奈江は冬樹の横を走って通り過ぎて行った。
「……慣れないことするもんじゃねえな……恥ずかしいったらねえぜ……」
その場に立ち尽くし、冬樹は思わず苦笑してしまう。
(タケたちとつるむのも楽しいんだが……やっぱ、物足りねえな……)
「はあぁ……」
ガックリと肩を落とし、冬樹は大きな溜め息を吐いた。
「よし、今度こそ帰ろう……帰って勉強だ……」
そう自分に言い聞かせるように呟くと、冬樹は早足で歩き出した……
「はあ、はぁ……」
「加奈江ちゃん……大丈夫?」
全力で走ったためか、息を切らしている加奈江を、同じ距離を走ったにも関わらず、特に疲れた様子も見せない愛奈は心配そうに見つめる。冬樹を置いて走り出した二人は、麻芽橋の前まで来ていた。
「あ、大丈夫……はぁ……ちょっと疲れただけ……」
加奈江は息を整えながら、愛奈に微笑んで見せた。
「そ、そう?それならいいんだけど……」
「とにかく……はぁ……少し休ませて……」
未だに心配そうな様子の愛奈をよそに、加奈江はその場で腰を降ろした、その時……
「うわあぁ!!」
「!!」
どこからか聞こえた悲鳴に、愛奈は思わず背を震わせた。
「今のって……」
「あそこから聞こえたけど……」
愛奈と加奈江は顔を見合わせると、橋の下に視線を向ける。
「おわあぁ!!」
「……また……」
「うん……って、愛奈!?……もぉ……」
悲鳴が再び聞こえたと思いきや、愛奈は河川敷へと降りて行く。加奈江は驚きながらも立ち上がり、愛奈の後について行った。
「……いったいなにが……!?」
悲鳴の聞こえた場所まで来た愛奈の視界の先には、顔面を額より流れる血で朱に染めた春と、血が滴るモンキーレンチを片手に驚いた様子の陣内が向かいあっていた。緩やかな流れの利保川には、陣内の後ろに控えていた双子の少年が腹をおさえて苦し気な表情で倒れていた。
「ゆ……雪村……くん?」
眼前の光景に怯えながら、クラスメイトの名を呟く。
「…………え?」
その呟きが聞こえたのか、春は無言で、ゆっくりと声のしたほうに顔を向けた。暗く、それでいて澄んだ瞳が一人の少女の姿を捉えたとき、春の表情に驚愕の色が浮かんだ。
「あ……俺……」
なにか言おうとした春だったが、直後、世界が大きく揺らいだかと思うと、目の前に石が敷き詰められた地面が迫ってくる。そのまま前のめりに倒れていく春だったが……
(あれ……なんか、柔らかい……)
地面に倒れた筈の体に伝わってきた感触は、思いのほか柔らかく暖かいものだった。
薄れゆく意識のなか、視界に映ったのは、いつの間にか自分の体を支えていた愛奈の、艶のある腰辺りまで伸びた黒髪だった。
そして、愛奈から伝わる暖かさに包まれたまま、春は意識は深い闇の中へと沈んでいった。