良いよなぁ?
利保川の河川敷で猫たちと戯れていた春だったが、ふとあることに気がついて、猫たちを撫でる手を止めた。
「そういえば……名前、つけてへんなぁ……」
猫たちから手を離して、春は考え始める。
(三毛猫がミケで、黒猫がクロ……いやいや、それやとちょっと……)
地面をじっと見つめたまま、春は深く考え込んでいく。猫たちは、撫でるのをやめたのが不満なのか、黒猫は後ろ足で立って春の右足の脛に前足でしがみつき、三毛猫は、左足の脛にピタッとくっついた。
だが、それにもまったく気づかずに、春の考え事は続く。
(ここは神奈川やし……神奈川いうたら、鎌倉……鎌倉幕府……頼朝と義経……北条政子と静御前……)
「マサコと……シズカ。うん、ええかも……ん?」
地面を向いていた顔を少しだけ上げて、春は猫たちが自分にくっついていることに気付く。
「あ、ああ……すまんな、放ったらかしにしてしもて……」
春はそう言って、猫たちと再び戯れようと手を伸ばした、そのとき……
「おーい、ちょっといいかぁ?」
背後から、突然声が聞こえる。それが自分に向けられたのものかと思い、春はしゃがみ込んだまま、背後に目を向ける。猫たちは少年たちを見ると、すかさず背を向けて走り出して行った。
「あ……はぁ……」
猫たちが離れて行ったのがわかり、思わず溜め息を吐いてしまった。目を向けた先に立っていたのは、黒い学生服を着た三人の少年。その先頭に立つ、裾が腰より少し上の辺りまでしか無い学生服を着た、茶髪の軽そうな少年は、見下すかのように春に視線を向け、その後ろにいる二人……顔が瓜二つで、髪の色以外は一致してるところを見ると、双子であると思われる金髪と銀髪の少年は、不安気な表情で立っている。三人とも、学生服の襟には、一年生であることを示す、英数字の"1"を象った襟章を付けていた。
「えっと……俺?」
自分に声をかけたに違いないと思いながらも、そうでないことを心の中で祈りながら、春は自分を指差してそう言ってみた。
「……そうそう、俺ぁ真奈浦中央の陣内って者なんだけどさぁ、ちょっと頼みたいことがあるんだよなぁ……」
真奈浦中央高校……真奈浦市南部から麻芽橋を渡ってすぐのところにある朝永地区に存在する男子校である。
「……むぅ……」
春は、関わりたくないという気持ちから溜め息を吐きそうになるが、これまでの経験から、それが聞かれたら面倒なことになると瞬時に判断し、溜め息を堪えながら立ち上がる。
「うわぁ……」
「やっぱり……背ぇ高っ!!」
陣内の後ろにいる双子は、立ち上がった春を見て、口を半開きにしている。その表情は、更に不安の色を濃くしていく。
(こういうでかいヤツに限って、見かけ倒しだったりするんだよなぁ……)
心の中で意地悪くそんなことを言いながら、陣内は話を続ける。
「頼みたいことってのはぁ……ここのことなんだけどさぁ……」
自分より大分背の高い春の顔を見上げながら、それに驚くこともなく笑みを浮かべた陣内は、地面を指で差し示す。
「……ここ?」
「そ、ここ」
春もまた、地面を指差し、首を傾げながら陣内の顔を見る。
「ぶっちゃけた話……ここ、なんか快適そうだからさぁ、俺らの溜まり場にしてぇんだけど……良いよなぁ?」
そう言って、春の顔を見上げる陣内の目が、獲物を見つけた猛禽類のように鋭くなる。その目は、拒否は許さないという明確な意思を示していた。
(勝手にしたらええ……って言うたら、もうここには近寄れん……ここで、あいつらと遊べんようになってまう……でも、こういうヤツらとはもう関わりとうないし……)
高校入学から一ヶ月半……あまり楽しくはないが平穏だった春の高校生活に、急激な変化が訪れようとしていた。