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寝坊厳禁……OK?

「くぅ……」


頬に触れた消毒液が沁み、春はその刺すような痛みに、思わず眉間に皺を寄せる。

半ば押し切られるような形で愛奈の自宅に連れて来られた春は、リビングのソファーに上半身裸で腰を掛け、隣に座る部屋着姿の愛奈から傷の手当てを受けていた。


「す、すぐに済むから、もう少し我慢してね」


「…………おぅ」


露わになっている春の上半身を間近で見て、頬を赤くし、震える手で消毒液を染み込ませた脱脂綿を患部に当てる愛奈の言葉に、春が間を置いて返事をしたときだった。


「なぁ愛姉。俺が春兄の手当てをしようか? なんか、手震えてるし……顔も赤いぜ?」


春たちと向かい合う形で座った、全体的にボーイッシュなルックスをした少女……愛奈の妹、乃愛(のあ)はオレンジジュースの入ったグラスを片手に、愛奈を不安そうに見ている。

春と乃愛は初対面だったが、愛奈が春のことを紹介すると……


『雪村春、か……じゃあ、"春兄"って読んでいいか?』


そう言って、初対面とは思えない程馴れ馴れしく接してきた。


「えっ……そ、そんなことないよ」


「ぐっ!?」


愛奈が乃愛の方を向いたとき、脱脂綿をつまんだピンセットが春のこめかみに出来た痣に食い込む。

春は声をあげそうになるのを堪えるが、痛みから全身は小刻みに震えている。


「ああっ! ご、ごめんなさいっ!!」


「い、いや……平気や……」


自分が何をしでかしたのか気付いた愛奈は、狼狽えながらピンセットを引っ込める。

春は、こめかみを手で押さえながら、なんでもないと言うように首を小さく横に振った。


「まったく、なにやってんだか……」


呆れたように呟いた乃愛は、グラスをテーブルに置いて立ち上がり未だ狼狽えている愛奈に近付く。


「交代。愛姉はゆっくりしてなよ」


「えっ、でも……」


「ほら、どいたどいた。愛姉に任せてたら、いつまで経っても終わらないっての」


「あぅ……」


乃愛の勢いに押されて、愛奈は渋々ソファーを立ち、入れ違いに乃愛が春の隣に座る。


「じゃあ春兄、こっち向いてくれ」


「ん……おう」


「うぅ……」


乃愛の言葉に素直に従い、春は体を向ける。

一方、愛奈は立ったまま二人を見つめて、小声で唸る。


「んじゃ、パパッと終わらせるか。保険委員の名にかけて……なんてな」


茶目っ気たっぷりにそう言ってから、乃愛は手当てを始めた。

その手際の良さは春に安心感を与えながら手早く手当てを終わらせてしまうのだった。




「あ、あの……すんません、わざわざ送ってもろうて……」


「気にしないで。また濡れるのも嫌でしょ?」


手当てが終わってからしばらく寛いだ後、愛奈の母が車で春を家まで送って行くこととなった。

当初、愛奈と乃愛は晩御飯も一緒に食べないかと言ってきたが、春は流石にそこまでしてもらう訳にはいかないと頑なに断ったため、この日は帰ることとなった。

現在、顔に絆創膏やガーゼを貼り付けた春は、愛奈の母が運転する車で道案内をしながら自宅に向かっていた。


「雪村くん……愛奈ちゃん達と、これからも仲良くしてくれる?」


「へ? え、えっと……はい……」


小降りの雨の中を走る水色の軽自動車の運転席で、真っ直ぐ前を見据えた愛奈の母の言葉に、助手席に座る春は戸惑いながらも頷いた。




「愛奈、入るわよ」


「……加奈江ちゃん?」


春を見送ってからしばらく経った頃、ドアを軽くノックしてから加奈江は愛奈の部屋に入る。

春たちが愛奈の家に着いたとき、加奈江はまた後で来ると言って、隣り合っている家に入り、着替えなどを済ませた後に愛奈の家に入ってきた。


「……遅かったね……」


「びしょ濡れで帰ってきたらさ、母さんが慌ててお風呂を沸かして、パジャマまで用意して……なんとか抜け出してきたのよ」


愛奈に対してやれやれと言わんばかりに肩を竦めた加奈江は、本棚から漫画本を一冊取り、ベッドに座る。


「……なんか悩み事?」


「……え?」


勉強机で教科書とノートを広げている愛奈を見て、加奈江は心配そうな表情になる。


「……暗い顔してる」


「加奈江ちゃん……」


愛奈はおもむろに椅子から立ち上がると、ベッドに座る加奈江の隣りに腰を降ろす。

普段から笑顔でいる愛奈が、学校ではまず見せることの無い浮かない表情をしているのだった。


「私、雪村くんのこと……好き……」


「うん、知ってる」


愛奈の告白に、加奈江は特に驚いた様子も見せない。

それどころか、初めからわかっていたとでも言うように小さく笑みを浮かべる。


「少し前から好きになってたけど、それを今日になって自覚した……ってとこでしょ?」


「加奈江ちゃん……わかってたの?」


加奈江が自分の気持ちを的確に言い当てたことに、愛奈は驚く。

愛奈自身は、自分なりに気持ちを隠していたつもりだったが、隣に座る小さな少女にはお見通しだった。


「そりゃ、幼馴染だしね。それはそうと、雪村のことが好きだって自覚したあんたは、いったいなにを悩んでたの?」


「それは、その……私、これまで通りに雪村くんと話したりできるかなって……」


「……それって、どういう意味?」


自分の質問に対する愛奈の答えを聞いて、加奈江は真剣な眼差しで愛奈を見つめる。


「帰ってくるまではね、気にならなかったんだけど……家に着いて少し落ち着いたら、雪村くんの手当てをするだけなのに、ものすごく緊張して、手当てが終わっても、乃愛ちゃんと話してる雪村くんに声を掛けようにも掛けられなくて……」


「うんうん……つまり、明日になってから雪村と顔を合わせて、普段通りに話し掛けたり出来るかわからないから不安……ってことね」


愛奈の打ち明けた悩みに相槌を打った加奈江は、自分なりに内容を簡潔に纏める。


「……よし、それなら、私がなんとかしてみせようじゃないの。そういうわけだから、雪村のケータイの番号教えて」


「え? ちょ、ちょっと待ってね……」


顎に手を当ててなにやら考えた後に、何か閃いたのか起伏に乏しい胸を軽く叩いて見せた。

愛奈はそんな加奈江に戸惑いながらも、ベッドから立ち上がって勉強机に置いていた白一色の携帯電話を手に取り電話帳を開いて加奈江に見せる。


「はい、これ……」


「えっと……よしっ、覚えたわよ」


そう言うと、加奈江はベッドから立ち上がり、結局読まなかった漫画本を本棚にしまう。


「も、もう帰るの?」


「まあね。とりあえず、明日は普段より早く学校に行くわよ。寝坊厳禁……OK?」


「う、うん……」


ドアを開けてから愛奈に向かって、ウインクをして見せる加奈江。

それに対して、愛奈は戸惑いを露わにしながら小さく頷くのだった。

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