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俺ぁビビりじゃあ……ねえっ!!

「このヤロォ、上等じゃねえか…… テメェらっ!!」


「ウッス!!」


豪雨に加えて強風が吹き荒れる中でも、まるで霞むことのない正義の一声で、陣内たちは春を中心に円を描くように立ち回る。


「ヤツはもうボロボロだぁ。二度と立ち上がれねえようにしてやる……行くぜえぇ!!」


「おうよ!!」


陣内が大声で叫ぶと、春を囲んだ不良たちが一斉に距離を詰める。


「せぇいっ!!」


「ウアァ!!」


不良の一人がストレートを放つと同時に春も拳を振りかざす。


「ぐぁ、痛えぇ!!」


不良の放ったストレートは春の胸に当たるが、拳を振りかざした春の動きは止まらず、春の拳は不良の瞼に直撃した。

不良は殴られた勢いで地面に倒れると、拳が当たった目を覆いながら悲鳴をあげる。


「ンのヤロォ!!」


「フゥッ……!!」


仲間の苦しむ姿に怒りを露わにした不良たちは、次々と春に殴りかかる。

脇腹を蹴られ、顎を突き上げられ、爪先を踏まれ……

傷だらけの疲れ果てた体がより一層虐げられる。

だが、春は止まらない。


「ハアァッ!!」


「おごっ……オォ……」


「どわあぁっ!!」


どれだけ殴っても、そこから生ずる痛みは怒り狂う春を更に凶暴にしていく。

春を殴った者は、一人、また一人と、殺意すら孕んでいるように感じる春の反撃の前に倒れていく。

不良たちは、春から受けた一撃と、それを受ける直前に感じた背筋の凍るような感覚に、立ち上がることすら出来ずにいた。




「雪村くん……っ!」


しばらく呆然とした様子で、怒りに我を忘れた春の姿を見ていた愛奈は、春を止めようと思い駆け出そうとする。

愛奈はこれ以上見たくはなかった。

春が殴られる姿も、春がひとを殴る姿も。

だが、いざ一歩を踏み出そうとした時、手首を掴まれる。


「……ダメよ……」


「ちょっ、加奈江ちゃんっ……」


自分の手首を掴んだ加奈江の顔を、少しでも急いで春を止めたいが為に焦った様子で見つめる愛奈。


「放してっ……雪村くんを止めなきゃ……」


「わかってる……だけど、今行ったら、あんたも巻き添え喰らっちゃうわ……」


「でもっ……」


なおも制止を振り切ろうとする愛奈を、加奈江は小さな体に精一杯体重を掛けて引き止める。


(私だって、止められるもんなら……雪村っ……)


愛奈の手首を掴んだまま、加奈江は不安気な表情で春に視線を移した。




「アアアァッ!!」


「うぐぅ……」


春の大振りなパンチを顔面に受けた不良が、その勢いで地面に強く背中を叩きつけられる。

中央の生徒で立っているのは、正義と陣内、そして陣内の脇を固める双子の少年の四人だけとなった。


「こりゃあ、まじぃな……どうすっかな……」


「ボサッとすんなぁ!! さっさとやっちまえ、陣内!!」


陣内は春を見ながらボソッと、本音を呟く。

距離を置いたところから見物人のように見ている正義の声は、まるで耳に入っていなかった。

その口調からは、今の自分たちの不利な状況から来る焦りが見えた。

人数では自分たちが大幅に勝っていた。

間違いなく自分たちは有利な状況に立っていた筈だったが、十人以上で一斉に殴りかかった不良たちは返り討ちに遭い、正義は舎弟である自分たちに喧嘩を観客であるかのように見ているだけであった。


(生田さん……少しでも、俺たちに雪村をバテさせてからトドメを刺すつもりかぁ……)


正義に対する苛立ちを覚える陣内だが、すぐに(かぶり)を振って思い直す。


(でもなぁ、俺も"行くぜえぇ!!"とか言っときながら出遅れちまったしなぁ……人のこたぁ言えねえよなぁ……)


そう考えていた時だった。


「よっちゃんっ!!」


「危ないっ!!」


「!?」


突如、双子の少年の声が聞こえたかと思いきや陣内の体が後ろに突き飛ばされる。

突き飛ばされた陣内の鼻先を、強く握られた春の拳が僅かに掠める。


(くっ……なにしてんだ俺ぁ……)


陣内が地に尻餅を着くのとほぼ同時に、双子の少年が春の腰に掴みかかる。


「ウゥ……」


「がっ!! くっ……よっちゃん!! 早く……」


「ぐっ……ぶちかましてくれぇ!!」


「お、おぅ!! おらあぁ!!」


双子の少年は、春に背中を打たれて痛みに声をあげるが、それを耐えながら陣内に攻撃を促す。

陣内は立ち上がると、すぐさまモンキーレンチを春の頭に打ちつけようとした。

だが……


「なっ……」


モンキーレンチを振りかざしたまま、陣内は固まってしまった。

その頭には、春の額が接している。

春は双子の少年が腰を掴んだことで、その場から動けなくなり、両腕も双子の少年を引き剥がすのに使っていたが、陣内が向かってくるとわかった瞬間、それを向かい打つ形で頭突きを放ったのだった。


「オォ!!」


「いっ!!」


「てえぇ!!」


いくら殴っても倒れない双子の少年の足を、春は力強く踏む。

あまりの痛みに思わず春の腰を掴んだ双子の少年はその力を緩めてしまう。


「ラアァ!!」


その隙を逃さず、春は双子の少年の頭を掴むと勢い良く地面に叩きつけた。


「ぐああぁ!!」


「がああぁ!!」


石が敷き詰められた河川敷の上に頭を叩きつけられた双子の少年は、後頭部を抑えて目に涙を浮かべながら身を捩る。


「大志っ!! 雄大っ!!」


「ううぅ……よっ、ちゃん……」


「くうぅ……ごめん、ちゃんと、抑えとかな、くて……」


頭突きを受けた頭を抑えながら、思わず大声で双子の少年の名を叫ぶ陣内。

双子の少年……大志と雄大は痛みに声を絶え絶えにしながら、申し訳なさそうに陣内を見つめる。


「……雪村ぁ、くっ!」


(あぁ……クラクラしやがる。 あの態勢からの頭突きが、こんなに効くたぁなぁ……)


「はぁ……うしっ!!」


陣内は揺らぐ体をなんとか立て直すと、手を滑らせて落とさないようにとモンキーレンチを握り直し、目の前に立つ春を睨み付ける。


「行けぇ、陣内っ!! ぶちのめせぇ!!」


「フゥ……フゥ……」


「うぅおおおぉ!!」


「アアッ!!」


肩で息をしている春に向かって、陣内は正義の応援を無視し、雄叫びをあげて再びモンキーレンチを振りかざして距離を詰める。

すると春は、陣内の雄叫びに合わせるかのように叫びをあげながら前蹴りを繰り出す。


(俺ぁビビりじゃあ……ねえっ!)


春の前蹴りをギリギリで躱した陣内は、躱す動きを利用して体を回転させながら、その勢いに乗せてモンキーレンチを春の膝目掛けて振り抜いた。


「グアッ!! クッ……」


「もういっちょ……っ!?」


膝に伝わる痛みに顔を顰めた春を見て陣内はニヤリと笑みを浮かべるが、春に頭を掴まれてすぐにその笑みは消える。


「ンンゥ!!」


「んなぁ!?」


すると春は、陣内の頭を掴んだ状態から一気に全身を持ち上げたかと思えば、すぐさま陣内を投げ飛ばす。

その先には、焦りの色を顔に浮かべた正義がいた。


「おわっ!? 危ねえなっ……」


「ぬあっ!?」


投げ飛ばされた陣内を受け止めようとせず、まるで宙に浮いたボールを蹴るかのように蹴り飛ばした正義は、地に伏した陣内を見る。


「この役立たずがっ! アイツ、全然元気じゃねえかっ……」


「や、やれるだけのことはやったッスよ……なのに、蹴り飛ばした挙句役立たず呼ばわりってのはぁ、ひどいッスねぇ……あっ、来るッスよ……」


「ハァ……!!」


正義の蹴りが当たった腹を抑えて、陣内はヘラヘラと笑いながら正義に距離を詰めて来る春を指し示す。


「頑張ってくださいよぉ、セ、ン、パ、イ?」


「っ!!」


(冗談じゃねえ、人数揃えたのに残ってんのは俺だけ……しかも、アイツはあれだけ殴られてまだ立ってる……こうなりゃあ……)


「……覚えてやがれぇ!!」


陣内の嫌味を含んだ物言いに舌打ちをした正義は、捨て台詞を吐きながら背を向けて逃げ出した。

それを今の春が許すわけもなく、正義を追って駆け出そうとしたその時だった。


「ダメェ!!」


「ガッ……!?」


突如、春の背中に強い衝撃が走る。

春はそのまま、前のめりに倒れ込んでしまった。

その瞬間、春の意識に変化が起こり始める。


(痛っ……な、なんや、俺は……くぅ……)


頭が急激に冷えていくにつれ、春は自我を戻し始める。


(そういや、少し前もこんなこと……)


それにつれて、春は背中から腰にかけて妙な温もりを感じながら意識を深淵へと沈めていった。


一方、逃げ出した正義は、後ろを振り返らず、真っ直ぐに前を見据えて全力疾走していた。


「雪村ぁ……今度は倍の人数揃えてリベンジしてやっかんなああぁ!!」


曇天に、正義の雄叫びが虚しく響き渡った。

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