やっちまえ……
「お、降ってきやがったか……へへっ……」
利保川の河川敷……春と陣内が出会ったこの場所で、雨が降りだした空を眺めながら生田正義は笑みを漏らした。
「しっかしまぁ……」
突然、正義の顔からスッと笑みが消える。
そしてゆっくりとした動きで、視線を背後に移す。
正義の視界には、麻芽橋と、その下に集まる舎弟たち、その中心で座り込む愛奈と加奈江が写っている。
「こんないい女と仲良くしてるたぁ…… 雪村、ムカつくヤツだぜぇ」
そう呟きながら愛奈の間近にまで近づいたところで、正義はしゃがみ込み愛奈の顔を舐め回すように見つめる。
「うぅ……!」
「くっ……」
「おいおい、ビビるこたぁねえだろ?こんないい男によぉ……」
愛奈は目に涙を浮かべて、おびえた様子で正義から体を離そうとするが、背後にいる不良たちがそれを許さない。
加奈江は正義に今にも噛み付きそうな目で正義を睨むが、隣に立つ不良から肩を抑えられている為、悔し気に舌打ちをする。
(……雪村くんっ……!)
愛奈はギュッと目を閉じて、心の中で春の名を呼ぶ。
その時だった……
「おわっ!!」
「キャア!!」
一瞬、空が白く光ったその直後、轟音が鳴り響く。
すると、雨足が急激に強くなり、雨音は一層大きくなっていく。
「生田さん……今日は、帰ったほうがいいんじゃないッスかぁ? 流石にこの雨ん中、河川敷にいんのは危ねえと思うんスけど……」
「な、なんだよ……雷にび、びび、ビビってんのかぁ?へ、へへへ……」
(ビビってんのはアンタじゃないッスか……)
至って冷静な口調でそう言った陣内を指差して、狼狽えながら笑う正義。
そんな正義の姿を見て、陣内は心の中で苦笑する。
「ん? ちょっと、よっちゃん」
「あいつ……」
「あぁん?来たかぁ?」
陣内の両脇に立つ双子が指差した方向に、陣内たちが顔を向ける。
それに合わせて、愛奈と加奈江も同じ方向を見る。
「はあっ、はあっ、はあっ……くっ……」
そこには、全身を濡らして河川敷へ続く芝生を走って降りてくる春の姿があった。
「はあっ、はあぁ……」
春は胸を抑えて息を整えながら、愛奈と加奈江を囲む正義たちと対峙する。
「ゆ、雪村くんっ!!」
「っ、雪村ぁ!!」
そんな春の姿を見て、愛奈と加奈江は大声で春の名を叫ぶ。
「北見……鈴原……っ!!」
「久しぶりだなぁ……雪村くんよぉ……」
愛奈と加奈江の姿を確認する春だが、その背後で、モンキーレンチ片手に楽しそうな笑顔を浮かべた陣内の姿を見て、顔を強張らせる。
「テメェが雪村か……へへっ、へへへ……」
薄気味悪く笑いながら、正義は早歩きで春に近づき、二人はかなり近い距離で見つめ合う。
「中央の生田だ……詳しくは聞いてねえが、俺の舎弟が世話んなったらしいな……」
「…………」
口元に笑みを浮かべたまま目付きを鋭くした正義を、春は怯むことなく無言で睨み付ける。
「ハッ……!」
そんな春の態度を見た正義は、一瞬顔を伏せたかと思うと、すぐさま顔を上げると同時に右の拳で春の頬を殴る。
「っ……!」
「あいつらの先輩としちゃあ、このままで済ますわけにはいかねえんだ。どうすりゃいいか……わかるよなぁ?」
頬に伝わる痛みに顔を顰める春の胸ぐらを右手で掴んだ正義は、左手の親指で愛奈と加奈江を指し示す。
その背後にいる陣内は、二人の頬にモンキーレンチを軽く当てて二人の反応を楽しんでいる。
(そういうことかい……クソがぁ……!)
正義たちの意図を掴んだ春は、目付きを鋭くしたまま、自分の胸ぐらを掴んでいる正義に向かって小さく頷く。
「フン……」
春が頷いたのを見ると、正義は春の胸ぐらから手を放す。
それと同時に、待ってましたと言わんばかりに不良たちが一斉に近づく。
愛奈と加奈江の近くにいるのは、陣内とその取り巻きの双子だけになった。
「……やっちまえ」
「ウッス!!」
冷たく言い放たれた正義の言葉を受けて、不良たちは春に向かって一斉に飛びかかった。