初めてだね、一緒に帰るの……
「お、おい……」
「うん? ……なっ、マジか?」
昇降口で立ち話をしている男子生徒の一人が、ふと視界に写ったものを見て目を見開きながら、向かい合って話をしているもう一人の男子生徒の背後を指差す。
もう一人の男子生徒がそれに従い振り返ると、そこには笑顔で学生鞄を持って楽しそうに喋る愛奈と、それに対し小さく相槌を打つ春、微笑を浮かべて二人の様子を見る加奈江がいた。
数分前の教室……
「雪村がね、良かったら一緒に帰らないかって誘ってきたのよ……私は構わないんだけど、愛奈は?」
「そうなんだ……うん、いいよ。一緒に帰ろ、雪村くん」
「!! ……ぅ」
加奈江の言ったことは真っ赤な嘘であったが、それを疑うことも無く素直に受け止めた愛奈は、まるで綺羅星の輝きを纏うかのような眩しい笑顔を春に向けた。
春は加奈江が嘘を吐いたことに関して何も言えないまま、愛奈の笑顔を見て頬を赤くし、思わず顔を伏せて聞き取り辛い小さな声で返事をする。
「? どうしたの?」
「い、いや……」
春が顔を伏せたことが気になり、愛奈はキョトンとしながら春の顔を覗き込む。
愛奈の行動に、春はますます顔を赤くしてしまう。
「んじゃ、あたしは鞄を取ってくるわ」
そんな二人の様子を微笑みながら見つめていた加奈江は、愛奈にそう告げてから教室を後にする。
「あ、うん」
(はあぁ……落ち着きぃ、落ち着きぃや俺……)
春から顔を離して、加奈江に向かって頷きながら返事をする愛奈。
春は愛奈が自分から顔を離した隙に、胸に手を当てながら気持ちを必死に落ち着かせていた。
その後、自分の学生鞄を持ってきた加奈江と合流して、今に至るわけだが……
「…………」
春はなるべく落ち着いて振る舞おうとするが、内心ではかなり緊張していた。
その原因は……
「初めてだね、一緒に帰るの……」
「うっ……そやな……」
隣で春に対し柔らかな笑みを向ける愛奈。
愛奈は身長が百七十センチと女子としては長身だが、それでも春との身長差が二十センチ以上あるため、愛奈が春の顔を見つめると必然的に見上げる形になる。
そんな愛奈が自分を見上げる仕草と、その度に向けられる笑顔を見ると、胸が高鳴ってしまう。
そして、春を緊張させている原因はもう一つあった。
「あの三人って……」
「ああ、見間違えるはずないって……」
「あの三人が一緒に……どういうことだ……」
興味津々といった感じの視線が、春たちに集中している。
愛奈と加奈江は特に気にも留めない様子だが、春は二人のように気にしないでいることが出来なかった。
気にしないよう心掛ければ、自分の心を揺さぶる少女の笑顔を目の当たりにし、その時に生じる胸の高鳴りを抑えれば、周囲の視線を意識してしまう。
(こ、こういう時は……どないしたらええんや?くぅ……)
結局、春は南高の敷地を出るまで極度の緊張に晒され続けるのだった。
一方その頃……春が中央の一年、陣内と出会った利保川の河川敷では、襟に中央の校章を付けた学生服を着たヤンキーと思しき少年たちが集まっていた。
その中の一人は、二年生であることを示す襟章を付け、他の少年は全員、一年の襟章を付けていた。
「さて、テメェら……今日は楽しんでいくぞ」
「ウッス!」
短い黒髪をパンチパーマにした強面の少年の言葉を受けて、彼の舎弟である一年生たちは一斉に気合の入った返事をする。
(雪村とかいったか……へっ……)
二年生の少年は舎弟たちを見回すと、ニヤリと気味の悪い笑顔を浮かべる。
(桜庭と四谷より先に、まずはテメェを血祭りにあげてやる……生田正義のやり方でな……)
「陣内……うまくやれよ……へへへっ……」
正義はその場にしゃがむと、怪しい笑いを漏らしながら煙草を口に咥え、百円ライターで煙草に火を付けた。
慣れた動きで煙草を吸いながら、正義はまた、ニヤリと口角を吊り上げた。
「……へへ、へへへへ……へぇあっはっはっ、はぅ!? ゲッ、ゲホッ!! ゴホォ!!」
「……またか……」
「うん、まただ……」
煙草を吸いながら笑いだした所為か、正義は激しく咳き込んでしまう。
舎弟の少年たちは見慣れているのか、ヒソヒソと小声で話しながら呆れ気味に正義を見つめていた。