働きなさい。
境界―。
それは、地獄である地界と―。
天国である天界―。
その二つの狭間の世界なり―
境界とは―。
迷いの道なり―
境界とは―。
この世でもあの世でも生きる事を許されない者の―。
世界である―。
境界―。
境界―。
境界という存在こそが―。
この世の不思議を生み出す物なり―。
そして、その境界に住まう者こそ―。
境界の人なり―。
☆★☆★☆
僕は、ボーッとしながら町をふらふらと歩いていた。
服は、薄汚れてしまっていた。
顔と頭も1週間は洗ってないので汚い。
何でだ―。
僕には、家族がいて・・・。
友達がいて・・・。
学校にも行っていた。
でも、ある出来事がきっかけで明日の希望も見えない・・・。
そんな、人生になってしまっていた。
何でなんだ―。
あれは、1週間前の事だっただろうか―。
僕は、起きると着替えて朝食を食べて、歯を磨いて・・・と当たり前な事をしていた。
そして、当たり前に「行ってきます」と言って、家を出た。
そして、学校に行った。
そして、学校の友達と話しをしたり、授業を聞いていたりと本当に当たり前の人生を送っていた。
けれど、その日―。
家に帰って来ると―。
父と母や弟―。
家族全員が、殺されていた―。
僕は―。
頭が混乱した。
そして、どうしたんだ―。
俺は―。
思い出せない―。
何でこんな事になったんだ―。
俺は、精一杯・・・。
頭を振り絞って考えた―。
けれども―。
何も、思い出せない―。
あの後、僕は何をどうしたのかを―。
本当に、何でこうなったのだ―。
しかも、おかしな事に・・・。
いや、僕はおかしくなったのだろう―。
その時までは、絶対に覚えていたのに―。
思い出せない・・・
家が何処にあったのか・・・
家族の名前が・・・
友達の名前が・・
そして、僕の名前が―。
そして、またおかしな事に―。
名前や場所は思い出せないのに―。
その日、そこで何をしていたかの情景だけは記憶に残っている―。
気持ち悪い―。
自分が何者か分からない状態で―。
知らない人と話す感覚が―。
早く、思い出さないといけない―。
早く思い出さなければ・・・。
思い出さなければ、ならない。
それに、父と母と弟は殺されたのだろう・・・
多分・・・。
記憶には、情景としてだけは残っているのだから―。
それならば、あの人達を殺したのは、僕だと警察に思われている事だろう―。
僕のこの状況は、逃げ出しているという状況だから・・・。
思い出さないといけない・・・。
思い出して、元の生活に少しでも近づきたい・・・。
「それが、お前の願いか・・?」
すると、突然声が聞こえた。
その声は・・・。
耳からではなく、頭に直接、入って来た。
恐い声だった―。
「お前の願いは、思い出す事」
「その願い、叶えてやろうか?」
「誰だ、お前は・・・?」
俺は、頭の中の声に聞いた。
声はクスクスと笑って言った。
「このままでは、少しめんどうだな?」
「お前の前に出てきてやろう・・・?」
すると、突然―。
目の前に男の人がいた―。
男は、年齢は20代・・・。
顔は、キリっとした目に笑みを浮かべた口元―。
そして、痩せていた―。
服装は、真っ黒な着物だった―。
男はペコっと頭を下げると言った。
「こんにちわ。君は、日向 幸一 君だね?」
「私は、この世とあの世の境界で叶え屋をやっております」
「一鼎と申します」
「どうぞ、よろしく」
とても、さっきと同じとは思えない・・・。
優しい声―。
これが、この男との出会いであった―。
僕は、余りにもの事に唖然とした。
その男はいきなり俺の目の前に現われて・・・。
そして、本人が忘れてしまった。
名前さえも、言った―。
そして、自分の名前もこちらに必要ないのに教えた。
僕は、この男を怪しく思い、探るように男をジーと見た。
一鼎って名前だったか・・・?
一鼎はハハハと笑うと言った。
「僕の事が怪しいんだね?」
「まぁ、そんな事はどうでも良いんだよ」
一鼎はそう言うと、いきなり仏頂面に変わった。
まるで、この世界の全てに嫌気をさしたような・・・。
さらに、一鼎の目は―。
黒色だったのが―。
赤くなった―。
「お前の願いは、記憶を思い出す事なのだな?」
一鼎は、さっきの優しい声と全く違った。
ドス黒く、体中を締め付けるような声で言った。
さっきのそのまたさっきの恐い声だ―。
僕は頷いた。
「思い出したい」
「思い出すためには、どんな事でもする」
一鼎は口元をニヤリとさせると・・・。
「お前の願い、叶えてやろう・・・」
そう言った。
僕は、一鼎に本当かどうか尋ねた。
一鼎は「本当さぁ」と言って続けた。。
「ただし」
「何か、願いに見合った物を貰うけどね―。」
「こっちも、商売でやってるんで・・・」
願いに見合った物・・・。
そんな物を僕は持っていない・・・。
今の僕には、何もないのだから―。
「僕、そんなの持っていない・・・」
僕はボソっとそう言うと、一鼎は目をパチクリさせて・・・。
やがて、深い溜息を吐いた。
「当たり前だ」
「君が、そんなのを持っていたらビックリだよ」
「だからね・・・
一鼎はニタァと笑うと、言った。
「僕の店で働いてもらうよ」
「そして、ある程度行ったら、叶えてやる」
僕は、おどおどしながら聞いた。
「本当に・・・?」
「本当に、それだけで良いのか・・・?」
「それに、僕の願いを叶えれるのか・・・?」
僕がそう言うと、一鼎は僕の頭を掴んで言った。
「誰にそんな事を聞いている?」
「貴様の願いなど、叶えるなど容易いわ」
一鼎はそう言うと、「さて、行くか」と言った。
え・・・。何処へ・・・?
へ、え・・・えーと・・・。
一鼎は目をキランと光らせて「行くぞ」と言った瞬間、僕は一瞬で一鼎に頭を掴まれた状態で変な所に出た。
周りが、霧で包まれていた。
ここは、森・・・?
僕は辺りを見回した。
すると、右手に家があった。
いかにも、昔からある家って感じだった。
そして、そこに看板が建っていた。
字を読むと、達筆な字でこう書かれていた。
「叶え屋本舗 一鼎」
ここが、なぜかこれから僕が働かないといけない所・・・なのか・・・。
そして、僕は一鼎に頭を掴まれたままその店?に連れて行かれた。
一鼎はさらにニッコリと笑みを作ると言った。
「それじゃぁ・・・」
「ここの全部の部屋の掃除よろしく?」
一鼎はそう言うと、下駄を脱いで座敷に上った。
そして、座敷の机の前に置いてある座布団に座った。
こうしてみると、かなり礼儀正しい・・・。
一鼎はコチラを振り返ると、言った。
「こうしてみると、かなり礼儀正しいとは・・・」
「失礼な奴だ。普段もそれなりに礼儀が良いよ」
「それよりも、掃除してくれよ・・・」
「後、ついでにね。この家の構造を、全部覚えてね」
僕は「はいはい」とめんどくさそうに返事をした。
一鼎は
「はい は一回」
と突っ込んだ。
一鼎は何か思い出したように、「あぁ、そうだ・・・」と言うと、続けた。
「ここの家、1000坪あるからね」
「あぁ、庭も100坪・・・」
え・・・。
えぇ・・・。
「庭はあそこね」
一鼎はそう言うと、自分の座っている場所の向かって右側を指差した。
結局、庭を掃除するだけで1週間もかかってしまった。
やっと、今日から部屋の掃除に移れる・・・。
そして、ふと僕は気になった事があったので一鼎に聞いた。
「一鼎さん・・・」
「ここに来て、一週間経ちましたけど・・・」
「お客さん、全く来ないですねえ・・・」
一鼎は本を読みながら答えた。
「それは、仕方ないよ」
「だって、ここはこの世とあの世の境だからね」
そこで、一鼎は本のページを捲る。
「それにね、この世の人間も」
「あの世の者達もねぇ・・・」
「ここに来る事は出来ないんだよねぇ」
え・・・。
僕はすごく驚いた。
じゃぁ、僕はどうして来れたんだ?
一鼎は本のページを捲ると、続けた。
「まぁ・・」
「君のようにね、霊感強い子はね・・・」
「この世とあの世の境である境界に来れるよ」
なるほど・・・。
一鼎は本のページを捲ると続けた。
「そういえばだね・・・」
「君は、神隠しを知っているよね・・?」
僕はコクコクと頷いた。
知っている。
母だと思われる人物にそういう話をしてもらった記憶がある。
「あれはね、結構・・・子供が神隠しにあう・・・」
そういう話が多いだろう?」
僕は頷いた。
確かに、母だと思う人物の話は子供が神隠しにあう話が多かった。
「あれはね、子供がこの境界に来てしまうからだ」
「子供は、心が大人と違って純粋だからね」
「霊感が強いから、ここに気安かったんだ」
過去形・・・。
じゃぁ、今は・・・
一鼎は悲しそうな顔をすると、言った。
「今の子供は、こう言うのも悪いけど・・・」
「心がすさんできているからね・・・」
「この境界に、来てしまう子は・・・」
「ここ50年、いないんだよ・・・」
僕は俯いた。
「あ、あの・・・」
「この境界に来てしまった子は・・・」
「戻れないんですか・・・?
僕は、一鼎にしごろもどろながらも聞いた。
一鼎は本のページを捲ると、コクリと頷いた。
「戻れない・・・ね・・・」
「戻って来たって御伽噺は少ないだろう?」
「たいがいは、戻れないよ・・・」
も、戻れないのか・・・。
それなら、僕が記憶が戻っても無駄じゃないか・・・。
一鼎は続けた。
「でも、例外はいる」
「例外・・・?」
一鼎は頷いた。
「そうだ、例外だ」
「例えばだね・・・」
「私の店に来れたら、帰る という願いを叶えれる」
え・・・?
それって、もしかして・・・。
一鼎は僕の顔を見て、ニッコリと笑って言った。
「そうそう」
「君も、戻りたいのなら・・・」
「バイト年数が更に1年延びるよ~
「えええええええええええええええええええええ」
最悪だ・・・。
一鼎はニッコリと笑った。
「そうだ、もう一つ方法があるよ」
僕は走って、一鼎の前に座るともう一つの方法とは何か聞いた。
一鼎は笑顔で言った。
「その変わり、バイトが5日伸びるけど?」
僕は、1年延びるより5日の方がましなので、それでもかまわないので教えてほしいと頼んだ。
一鼎は「良いよ」と言うと、教えてくれた。
「この境界にはねぇ」
「導き屋ってのが、いるんだよ」
「その導き屋はね・・・」
境界に来たある特定の人種をね」
「この世かあの世に導くんだ」
すると、一鼎は満面の笑みを作ると続けた。
「その特定の人物って言うのがねぇ」
「死にかけの人間なんだよ」
「良かったねぇ。知る事が出来てさ」
俺は、これを聞いた瞬間、血の気がうせた。
だ、騙された・・・。
それなら、僕は一鼎のところでバイトする期間を1年延ばさないといけないのに変わらない・・・。
しかも、5日伸ばしたから・・・。
俺はその場で気絶してしまった。
一鼎はクスクスと笑った。