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氷の暴君は不吉な生贄オメガを溺愛する〜傾国の力で最強皇帝の番になりました〜  作者: 水凪しおん


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第7話「氷の城の図書館と甘いインク」

 黒狼城での生活は、イリアにとって驚きの連続だった。

 特に驚いたのは、ガレクがイリアのために城内の一角を改装し、専用の図書室を与えてくれたことだ。

 故郷のルシスでは、本を読むことさえ禁じられていた。「不吉な子が知恵をつけるとろくなことにならない」と、兄に教科書を燃やされた記憶が蘇る。だから、壁一面に並べられた本を見たとき、イリアは感動のあまりその場に座り込んで泣いてしまった。


 それからというもの、イリアは日中の多くの時間をこの図書室で過ごしている。

 窓の外は相変わらずの吹雪だが、室内は暖炉の火でポカポカと暖かい。

 イリアは分厚い羊毛のラグの上に寝転がり、ヴォルグ帝国の歴史書や、大陸の植物図鑑を読み漁っていた。


「……読めるようになったか」


 ふいに背後から声がかかり、イリアはびくりとして本を取り落とした。

 振り返ると、いつの間にかガレクが入ってきていた。彼は執務の合間を縫って、こうして頻繁に様子を見に来るのだ。

 今日は軍服姿ではなく、白いシャツにベストという少し崩した格好をしている。それがまた、彼の大人の色気を引き立てていて、イリアは直視できずに視線を泳がせた。


「は、はい……陛下。家庭教師の先生が、とても丁寧に教えてくださるので」


 イリアが立ち上がって答えると、ガレクは満足そうに頷き、床に落ちた本を拾い上げた。

 それは北方の神話について書かれた、かなり難解な古書だった。


「ほう。こんな難しい言葉も理解できるのか。ルシスの王族は無能だと聞いていたが、お前は違うようだな」


「そ、そんなことは……僕はただ、知るのが楽しくて……」


 イリアが顔を赤くして俯くと、ガレクはクックと喉を鳴らして笑った。そして、大きな手でイリアの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 その手つきは、最初の頃よりもずっと優しく、慈愛に満ちていた。


「賢いオメガは嫌いじゃない。だが、あまり根を詰めすぎるなよ。目が悪くなる」


 ガレクはそう言うと、ポケットから何かを取り出した。

 包み紙を開くと、中から出てきたのは琥珀色に輝く小さな粒だった。

 甘い香りが漂う。


「口を開けろ」


「え……?」


「いいから」


 言われるがままに口を開けると、ポイッとその粒を放り込まれた。

 途端に、濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。

 キャラメルだ。それも、焦がしバターの風味が効いた、最高級のもの。


「んぅ……!」


 あまりの美味しさに、イリアは目を丸くした。

 ルシスでは砂糖は貴重品で、ましてやこんな凝ったお菓子など食べたことがない。

 口の中で溶けていく甘さに、思わず頬が緩む。


「……美味いか?」


「はいっ! すごく、美味しいです……!」


 イリアが満面の笑みで答えると、ガレクは一瞬だけ虚を突かれたような顔をし、それから不自然に咳払いをした。

 耳の先が少し赤くなっているように見える。


「そうか。なら、もっとやる」


 ガレクは包みごと全部をイリアの手に押し付けた。

 そして、ラグの上にどかりと腰を下ろした。皇帝ともあろう人が、床に座るなんて。侍従が見たら卒倒しそうだ。


「へ、陛下? お仕事は……」


「休憩だ。ここが一番静かで、落ち着く」


 ガレクは長い脚を投げ出し、イリアの膝に頭を乗せてきた。

 いわゆる、膝枕だ。

 イリアはカチンコチンに固まった。

 頭の重みと、そこから伝わる体温。黒い髪からは、あの森の香りが立ち上ってくる。


「……少し、寝る。動くなよ」


 ガレクはそう言うと、すぐに寝息を立て始めた。

 目の下に、薄っすらと隈ができている。

 そういえば、最近は夜遅くまで会議をしていると聞いた。周辺諸国の動きが怪しいらしい。

 最強の皇帝と呼ばれていても、彼は生身の人間なのだ。

 イリアはおずおずと手を伸ばし、ガレクの髪に触れた。

 硬そうに見えて、意外と柔らかい。

 指を通すと、サラサラと流れる。


『僕なんかが、こんなふうに触れていいのかな』


 心臓がドクンドクンと高鳴る。

 恐怖の対象だったはずの男。

 けれど今、この無防備な寝顔を見ていると、胸の奥が締め付けられるように愛おしくなる。

 イリアは勇気を出して、ガレクの眉間のシワを指先でそっと伸ばした。


「……お疲れ様です、ガレク様」


 陛下ではなく、初めて名前で呼んでみた。

 もちろん、彼には聞こえていないだろうけれど。

 窓の外では吹雪が荒れ狂っている。でも、この図書室の中だけは、世界から切り離されたように静かで、甘いキャラメルの香りに満ちていた。

 イリアは、この幸せが永遠に続けばいいと願った。

 けれど、本のページをめくるように、運命は次の章へと進んでいく。

 幸せな時間の裏側で、不穏な影が忍び寄っていることに、イリアはまだ気づいていなかった。

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