表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
氷の暴君は不吉な生贄オメガを溺愛する〜傾国の力で最強皇帝の番になりました〜  作者: 水凪しおん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/12

第5話「首輪の鍵と所有の証」

 その夜。

 夕食を終え、イリアは再び与えられた寝室に戻っていた。

 侍女たちが用意してくれたのは、肌触りの良いシルクのナイトウェアだ。

 ベッドに入ろうとした時、コンコンと控えめなノックの音がした。


「入れ」


 イリアが答える前に、扉が開く。

 現れたのはガレクだった。

 彼は湯浴みを済ませたのか、髪が少し濡れ、ラフなガウンを羽織っている。

 その無防備な姿に、イリアはドキリとした。昼間の威厳ある皇帝とは違う、一人の「雄」としての色気が漂っている。


「へ、陛下……どうされたのですか?」


 イリアがベッドの上で正座をして尋ねると、ガレクは枕元まで歩み寄り、顔をしかめてイリアの首元を指差した。


「それが気になっていた」


 指差されたのは、イリアの首に嵌められた金属のチョーカーだ。

 ルシスを出発する際、父王によって着けられた「隷属の証」。鍵がなければ外せない仕組みになっており、重くて冷たいそれは、常にイリアの肌を傷つけていた。


「見せろ」


 ガレクがベッドに腰掛け、イリアを引き寄せる。

 太い指がチョーカーの隙間に滑り込んだ。

 イリアは思わず「ひっ」と声を漏らす。金属の縁が擦れて赤く腫れている部分に、指が触れたからだ。


「……やはりか。皮膚が擦りむけている」


 ガレクの声が、地を這うように低くなった。

 その瞳に、静かな、しかし激しい怒りの炎が宿る。


「こんなふざけた首輪、犬にすら着けさせん。ルシスの王は、実の息子を家畜以下だと思っているのか」


「あ、あの……これは、僕がオメガだから……逃げないようにって……」


「逃げる? どこへ逃げるというのだ。この極寒の地で」


 ガレクは鼻を鳴らし、チョーカーの留め具を確認した。

 小さな鍵穴がついているが、当然、鍵など持たされていない。


「じっとしていろ」


 ガレクは両手でチョーカーを掴んだ。

 え、まさか、とイリアが思う間もなく、ガレクの腕に血管が浮き上がる。

 ミシッ、という嫌な音がした。

 鋼鉄製のチョーカーが、ガレクの怪力によって歪んでいく。


「へ、陛下!? 無理です、そんな……!」


「黙っていろ」


 ガレクは歯を食いしばり、さらに力を込めた。

 パキィン!

 鋭い金属音が響き、チョーカーが真っ二つに割れて弾け飛んだ。

 カラン、カランと床に落ちる音。

 イリアは呆然とそれを見つめた。父が「絶対に外れない」と言っていた呪縛が、ガレクの手によってあっさりと破壊されたのだ。


「……痛くなかったか?」


 ガレクが心配そうに覗き込んでくる。

 イリアは首を振った。痛みなどない。あるのは、急に首元が軽くなったという解放感と、信じられないものを見たという驚きだけだ。


「あ、ありがとうございます……」


 イリアが震える声で礼を言うと、ガレクは優しくイリアの首筋を撫でた。

 赤く腫れた傷跡を、親指で愛おしそうになぞる。


「こんな傷、すぐに治してやる。……だが、勘違いするなよ」


 ガレクが顔を近づけてくる。

 金色の瞳が、獲物を狙う獣のように細められた。


「あの鉄屑は外したが、お前が自由になったわけではない」


「え……?」


「お前は俺のものだ。ルシスから送られた人質ではなく、俺自身が選んだ、俺だけのものだ」


 ガレクの顔が、首筋に埋められる。

 熱い唇が、チョーカーがあった場所――喉仏のすぐ横の、脈打つ場所に押し当てられた。

 ちゅっ、と音を立てて吸われる。


「んっ……!」


 イリアの身体がビクリと跳ねた。

 噛みつかれたわけではない。ただ、口づけを落とされただけだ。

 けれど、そこから流し込まれた「何か」が、イリアの全身を駆け巡った。

 それはガレクのフェロモンだ。

 濃厚で、支配的で、それでいて甘美な森の香り。それがイリアの肌に染み込み、マーキングされていく。


「これでいい。鉄の輪よりも、俺の匂いのほうがよく似合う」


 ガレクは顔を上げ、満足げに笑った。

 イリアは鏡を見なくてもわかった。きっと今、自分の首には赤いキスマークが残り、全身からガレクの匂いが漂っているはずだ。

 それは、どんな首輪よりも強力な「所有の証」だった。


「……陛下は、独占欲が強いんですね」


 イリアがぼんやりとつぶやくと、ガレクはきょとんとし、それから大声で笑った。


「ああ、そうだ。俺は強欲な皇帝だからな。手に入れた宝は、誰にも触らせんし、見せもしない」


 宝。

 また、そう呼ばれた。

 自分はゴミだと言われ続けてきたのに。

 イリアの胸の奥で、冷たく凍りついていた何かが、パリンと音を立てて割れた気がした。

 その下から溢れ出してきたのは、温かくて、少しだけ切ない感情だった。


「おやすみ、イリア。明日はもっと広い世界を見せてやる」


 ガレクはそう言い残し、上機嫌で部屋を出て行った。

 残されたイリアは、首筋に残る熱を指で確かめながら、ベッドに倒れ込んだ。

 枕に顔を埋めると、そこからも微かにガレクの匂いがした。

 その夜、イリアは初めて、悪夢を見ずに眠りにつくことができた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ