#13 戦国大名
◼︎永禄三年十月 尾張国 清洲 前田家屋敷
清洲城下の外れ。
前田の屋敷は、厩を備えた広い構えであった。
昨夜は皆で盃を重ね、お互いにねぎらい合った。
だが、あの塩と鼻を突く匂いが、夜更けになっても離れなかった。
目を閉じるたびに思い出される。
自分は吉良家を滅ぼしたのだ――
そう強く、現実として突きつけられていた。
滅ぼした以上、西尾を治める責は、すべてこちらにある。
そして今朝、藤吉郎が慌てて美濃方面へ出発していった。 酔い潰れて寝入っていた者たちも、その物音で目を覚ました。
「ふわぁ〜。」
今日は木下家として初の評定を行う。
広間にいる弥右衛門と、河尻与四郎、服部勘十郎。
そして、頭を掻きながら部屋に入ってきた前田又左衛門。
この四名での重臣会議である。
弥右衛門は上座から降りると、
遁尾衆に作らせた領内の地図を広げた。
「そなたたち、そこでは遠い。車座になって話そう」
すぐには動かなかった。
無理もない。上下関係の厳しい織田の中で過ごしてきたのだ。
もどかしさに耐えきれず、腕を引いて地図の周りへ座らせた。
勘十郎は最後に、自ら空いた場所に腰を下ろした。
「さて、戦いのあと遁尾衆に領内を調べさせた。
結論から言おう。領内の石高と動員力では、武と経済の両立はできない。吉良は経済を重視した、だから滅びた。」
与四郎は理解しているという顔で頷いている。
「では、武に人を集め、経済は後回しということですか。」
「半分正解だ。
武に人を集める。だが、金回りは後回しにしない。」
又左衛門の顔には、はっきりと疑問が浮かんでいた。
「さっきは両立はできないって言ってたよな。
吉良も同じようにしていたと。」
「そうだ。
だから、領内の人と金は武に充てる。
商いは外を使う。何も、この地に縛られる必要はない。
――そのために、新しい“商いの仕組み”を作りたい。
言うなれば、新しい座だ。」
三人の視線が集まる。
「木下家は土地をその座に提供する。
商人たちは金を出す。
座の持ち分は、木下家と商人で分け合う。
その地で行われる商いには、木下家は税を取らぬ。
座が取りまとめ、得分を座の持分で分ける。」
「……たしかに。
それなら、我らは銭を減らさずに、銭を呼び込めますが……。」
「俺は何がなんだか分からん。」
二人とも困惑している。
事前に話していた勘十郎だけが、無表情のままだ。
(要は株式会社だ。
だが、この国に“その名”はまだ要らない)
「この話は勘十郎とともに、津島の商人と進める。
与四郎と又左衛門は、武の強化に専念してくれればいい。
それだけ分かってくれれば十分だ。」
二人は顔を見合わせ、やがて頷いた。
細かな理屈までは分からずとも、意図は伝わったようだ。
「木下家の銭は、武に注ぐ。
そこで――平時より抱える兵を持ちたい。
吉良のように、その場しのぎで雇うのではない。
木下家に忠義を持つ兵だ。
外の者を雇うにしても、家族ごと移し、根を張らせる。」
視線を又左衛門に向ける。
「その鍛錬、任せてよいか?」
「応よ。任せておけ。」
力こぶを作り、又左衛門は歯を見せて笑った。
「そして守りだ。
与四郎、西尾城と東条城を見て回れ。
必要な改修、改築はすべて挙げてほしい。
吉良は西尾を商いの町と割り切っていた。
だが、これからは違う。西尾もまた、守れる城にする。」
「相わかりました。」
「よって――
又左衛門を兵奉行とし、西尾城の城代に任ずる。
与四郎を普請奉行とし、東条城の城主に任ずる。」
とりわけ与四郎が目を見開いていた。
らしからぬその表情を見て、弥右衛門は思わず笑った。
「私が城主ですか……実感が湧きませんな。」
「与四郎も、そのような顔をするのだな。
今川義元を討ち取り、此度は小勢で城を取った。
今さら驚くことでもあるまい。
木下の武はそなたらに任せた。」
与四郎は深く頭を下げた。
だが、それは自らの働きに対する当然の結果だ。
感謝される覚えはない。
「では、早速木下領へ戻り、進めてまいります。」
「俺も戻る。
とりあえず三百は、すぐ戦えるようにしておく。」
二人は席を立ち、弥右衛門と勘十郎も見送ろうとした。
その時、ふと聞き忘れていたことを思い出した。
「もう一つ頼みがある。勘十郎もだ。
お主たち、西尾の茶を知っているか?」
三人とも首を傾げた。
勘十郎が、思い当たる節があるように口を開く。
「茶畑があるのは見ております。
ですが、名が立つほどでは。
茶といえば、やはり宇治が思い浮かびますな。」
(やはりか)
令和の愛知で育った俺にとって、
西尾といえば“抹茶”だ。
だが、この時代では、まだそこまでではない。
「名産にできぬかと思ってな。
茶に詳しい者と出会ったときは教えてほしい。
いずれは宇治に勝る茶を作らせたい。
勘十郎、遁尾衆に命じ、
領内の茶畑の数と、従事する者の数を調べさせてくれ。」
「かしこまりました。」
こうして評定は終わった。
重い役目を背負った二人は、足早に西尾へと戻っていった。
木下弥右衛門としても、
令和の世で生きた俺としても、
これが初めての政の采配だ。
木下家は軍備を整え、
商人に領内の産業を活発にさせ、
そして茶に詳しい者に、名産となる品を作らせる。
令和の世で戦国大名だったわけではない。
転生者だといって、そう簡単に統治などできるはずもない。
だからこそ――
餅は餅屋、桶は桶屋だ。
武士には戦の備えを。
商人には金の流れを。
茶農家には、良き茶を。
その中で木下弥右衛門吉成もまた、
少しずつ「戦国大名」という商売を覚えていくしかないのだ。
西尾の抹茶って愛知以外の方も有名なんでしょうか…
人気だと良いなと思っていますが…
株式会社の話は次回しっかりと深掘ります。




