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オヤジ太閤記  作者: 芭音
永禄三年(1560)

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13/30

#13 戦国大名

◼︎永禄三年十月 尾張国 清洲 前田家屋敷


 清洲城下の外れ。

 前田の屋敷は、厩を備えた広い構えであった。


 昨夜は皆で盃を重ね、お互いにねぎらい合った。


 だが、あの塩と鼻を突く匂いが、夜更けになっても離れなかった。

 目を閉じるたびに思い出される。


 自分は吉良家を滅ぼしたのだ――

 そう強く、現実として突きつけられていた。


 滅ぼした以上、西尾を治める責は、すべてこちらにある。


 そして今朝、藤吉郎が慌てて美濃方面へ出発していった。 酔い潰れて寝入っていた者たちも、その物音で目を覚ました。


「ふわぁ〜。」


 今日は木下家として初の評定を行う。


 広間にいる弥右衛門と、河尻与四郎、服部勘十郎。

 そして、頭を掻きながら部屋に入ってきた前田又左衛門。

 この四名での重臣会議である。


 弥右衛門は上座から降りると、

 遁尾衆に作らせた領内の地図を広げた。


「そなたたち、そこでは遠い。車座になって話そう」


 すぐには動かなかった。

 無理もない。上下関係の厳しい織田の中で過ごしてきたのだ。

 もどかしさに耐えきれず、腕を引いて地図の周りへ座らせた。

 勘十郎は最後に、自ら空いた場所に腰を下ろした。


「さて、戦いのあと遁尾衆に領内を調べさせた。

 結論から言おう。領内の石高と動員力では、武と経済の両立はできない。吉良は経済を重視した、だから滅びた。」


 与四郎は理解しているという顔で頷いている。


「では、武に人を集め、経済は後回しということですか。」


「半分正解だ。

 武に人を集める。だが、金回りは後回しにしない。」


 又左衛門の顔には、はっきりと疑問が浮かんでいた。


「さっきは両立はできないって言ってたよな。

 吉良も同じようにしていたと。」


「そうだ。

 だから、領内の人と金は武に充てる。

 商いは外を使う。何も、この地に縛られる必要はない。


 ――そのために、新しい“商いの仕組み”を作りたい。

 言うなれば、新しい座だ。」


 三人の視線が集まる。


「木下家は土地をその座に提供する。

 商人たちは金を出す。

 座の持ち分は、木下家と商人で分け合う。


 その地で行われる商いには、木下家は税を取らぬ。

 座が取りまとめ、得分を座の持分で分ける。」


「……たしかに。

 それなら、我らは銭を減らさずに、銭を呼び込めますが……。」


「俺は何がなんだか分からん。」


 二人とも困惑している。

 事前に話していた勘十郎だけが、無表情のままだ。


(要は株式会社だ。

 だが、この国に“その名”はまだ要らない)


 

「この話は勘十郎とともに、津島の商人と進める。


 与四郎と又左衛門は、武の強化に専念してくれればいい。

 それだけ分かってくれれば十分だ。」


 二人は顔を見合わせ、やがて頷いた。

 細かな理屈までは分からずとも、意図は伝わったようだ。


「木下家の銭は、武に注ぐ。

 そこで――平時より抱える兵を持ちたい。


 吉良のように、その場しのぎで雇うのではない。

 木下家に忠義を持つ兵だ。

 外の者を雇うにしても、家族ごと移し、根を張らせる。」


 視線を又左衛門に向ける。


「その鍛錬、任せてよいか?」


「応よ。任せておけ。」


 力こぶを作り、又左衛門は歯を見せて笑った。


「そして守りだ。

 与四郎、西尾城と東条城を見て回れ。

 必要な改修、改築はすべて挙げてほしい。


 吉良は西尾を商いの町と割り切っていた。

 だが、これからは違う。西尾もまた、守れる城にする。」


「相わかりました。」


「よって――

 又左衛門を兵奉行とし、西尾城の城代に任ずる。

 与四郎を普請奉行とし、東条城の城主に任ずる。」


 とりわけ与四郎が目を見開いていた。

 らしからぬその表情を見て、弥右衛門は思わず笑った。


「私が城主ですか……実感が湧きませんな。」


「与四郎も、そのような顔をするのだな。

 今川義元を討ち取り、此度は小勢で城を取った。

 今さら驚くことでもあるまい。

 木下の武はそなたらに任せた。」


 与四郎は深く頭を下げた。

 だが、それは自らの働きに対する当然の結果だ。

 感謝される覚えはない。


「では、早速木下領へ戻り、進めてまいります。」


「俺も戻る。

 とりあえず三百は、すぐ戦えるようにしておく。」


 二人は席を立ち、弥右衛門と勘十郎も見送ろうとした。

 その時、ふと聞き忘れていたことを思い出した。


「もう一つ頼みがある。勘十郎もだ。

 お主たち、西尾の茶を知っているか?」


 三人とも首を傾げた。

 勘十郎が、思い当たる節があるように口を開く。


「茶畑があるのは見ております。

 ですが、名が立つほどでは。

 茶といえば、やはり宇治が思い浮かびますな。」


(やはりか)


 令和の愛知で育った俺にとって、

 西尾といえば“抹茶”だ。

 だが、この時代では、まだそこまでではない。


「名産にできぬかと思ってな。

 茶に詳しい者と出会ったときは教えてほしい。

 いずれは宇治に勝る茶を作らせたい。


 勘十郎、遁尾衆に命じ、

 領内の茶畑の数と、従事する者の数を調べさせてくれ。」


「かしこまりました。」


 こうして評定は終わった。

 重い役目を背負った二人は、足早に西尾へと戻っていった。


 木下弥右衛門としても、

 令和の世で生きた俺としても、

 これが初めての(まつりごと)の采配だ。


 木下家は軍備を整え、

 商人に領内の産業を活発にさせ、

 そして茶に詳しい者に、名産となる品を作らせる。


 令和の世で戦国大名だったわけではない。

 転生者だといって、そう簡単に統治などできるはずもない。


 だからこそ――

 餅は餅屋、桶は桶屋だ。


 武士には戦の備えを。

 商人には金の流れを。

 茶農家には、良き茶を。


 その中で木下弥右衛門吉成もまた、

 少しずつ「戦国大名」という商売を覚えていくしかないのだ。

 


西尾の抹茶って愛知以外の方も有名なんでしょうか…

人気だと良いなと思っていますが…


株式会社の話は次回しっかりと深掘ります。

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