第4話 生きた蔦
空気だ。空気が僅かに揺らぎ、それを裏付ける。
「シロイ、上を見ろ」
彼の言葉に天井を見る。蔦らしき物が古びた石壁の上を、細い隙間を埋め尽くすほどに生えている。
だが蔦ではない。
良く見るとその蔦と思わしき物は半透明な色をしている。その中を赤黒い液体が流れては、戻ってくる。まるで潮の満ち引きのような、または血管を流れる血の流れのようだ。蔦が分岐する地点ではその液体が僅かに漏れ出し、ピチョンと音を立てて地面へと落ちる。水滴以外は静かな階層なのに耳が痛くなるほどのざわざわとした警戒心が悲鳴を上げている。
私は小さなナイフで壁の蔦を一本傷付けてみる。
プシュッ
小さな噴出音にその赤黒い液体が飛び散る。凄まじい異臭がする。
「この空気と同じ匂いがするね」
「植物……じゃねぇよな。これもモンスターか? こんな生物、見た事ねぇぞ」
「私もこんなのは初めてだ。どこから生えてきているのか見当も付かない」
小さな部分を切除して荷物の瓶に収納する。
「戻ったら調査に出そう。もしかしたら新種のモンスターかも」
「お前が名付け親になるか? 俺に任せたら『臭い蔦』ってネーミングになるぞ」
「相変わらずネーミングセンス皆無ね」
「おい、あれゴロノフのか?」
通路が少し広くなった場所には焚火の残骸が残っている。破棄した剣らしき物が例の錆と同化した異物に覆われている。私は皮手袋を装着してその異物に触れる。鉄錆のように固いが更に力を加えると簡単に剥がれてくる。表面は赤茶色っぽいが中は真っ青でぬめぬめと濡れている。それを丁寧に刃から取り除いていくと金属の腐敗は進んでいて穴が開いているぐらいもろくなっている。
「……これ、やっぱり錆じゃないね。似ているが異質、まるで液体の錆で弱い酸みたいな効果がある感じ。少しスライムを思わせるような」
「血って……錆びねぇよな?」
「錆びない……と思うけど。酸にはならないんじゃないかな」
「何人残っているか知らねぇけど、少なくとも一人は酷い怪我を負っているみたいだ」
ユートが見ている方向を見ると怪我の手当てをした跡が残っている。黒っぽく変色した血液が染み込んだ包帯と縫合した形跡がわずかに燃え残っている。
「……ねぇ、変じゃない?」
「そりゃそうだろ。こんな階層に来る事自体、頭イカレちまっている証拠だろ」
「馬鹿か、そうじゃない。彼等、酷く怪我をした仲間がいるのに先に進んだんだよね?」
二人でその休憩した残骸の跡を見る。焚火の周りには他にも傷を手当した跡と武器を点検した跡。
「ユート……もう一つ大きな違和感ない?」
「違和感しかねぇよ。なんだ?」
私は顔を上げて彼の目を見る。
ダンジョンでは次回の休憩はいつ出来るか分からない時が多い。特にトラップの多いダンジョンや未攻略の階層だとモンスターの心配もあるし危険地点もそのトラップ回避の難しさも未知数だ。
だから休憩した場合、必ずしていく事は決まっている。
怪我の手当。
武器の点検。
そして――――。
「飲食した形跡がない」




