30 俺は、人間
彼は少し笑うと壁を背にゆっくりと立ち上がる。
「一度ぐらい食堂の飯、ゆっくり食いたかったな」
「……もし出られたら、好きなだけ奢ってやる」
這って来る。酷く濡れたような音をゴポゴポとさせながら。
ズリズリズリ ピチョン ズリッ
そして、見えた。
ゴロノフだったものが、半分溶けたような肉塊の体を引きずりながら近付いて来るのを。
「あれって……またゴロノフ? ……すげぇ匂いだな」
「本当。擬態している時はその匂いまで隠せるなんて。完全に擬態出来てしまっているよ」
ピチョン シュル ピチョン シュルシュルシュル
それは小さな音だ。だが水音と共に隠れながら猛スピードで近付いている音。
「ユート! 目に見えない場所からくる!」
私が叫ぶのと私とユートの間の石壁が盛り上がって裂け目からねじれた肉塊が飛び出てくるのは同時だ。
ユートを後方へと突き飛ばすと裂けた脇腹に激痛が走って呻く。
「シロイ!」
一本や二本ではない。何本もの肉塊が飛び出て意思を持っているかのように私の体にくっ付いて来る。噛まれた右肩の腕に幾十も巻き付き、後ろへと引っ張られる。
ガコッ
「うっ……、ぎっ! ……っい!」
「シロイ!」
外れた肩の関節で肩の部分が凹む。腕に力が入らずにぶらぶらと垂れ下がる。
メキメキ ガコッ メキ
だらんとした右腕が徐々に締め上げられていく。血液が止まり、肩の傷口から血が断続的に吹き出る。
「シ……ロ……イィィ。俺ハ、人ゲ……ン、ニ……ん間、ニニニニニ……ン」
ゴロノフの残骸に付いている口が歪に片方の口角だけ下がる。
「て……めぇは、人間なんかじゃ……ねぇよ!」
ユートが全体重を乗せてゴロノフに体当たりをする。プギュッと音がしてその肉塊は柔らかく潰れ、地面へと叩き付けられる。ユートも勢いよく叩き付けられ、横に体が転がる。
カチッ
「ユート!」
「行けぇぇええ、シロイ!」
目が合う。彼の顔は恐怖によじれていながらも、覚悟を決めたものだ。
ゴォォォオオオオオオオオ
「ニニニ……ンンンン……ゲ……ゲ……アツ……イ……」
灼熱を放つ業火が真横に噴射される。ゴロノフはその業火に当たり、悲鳴を上げながら身をよじり、ゆっくりと燃え崩れていく。
ユートの左腕も一瞬でススのように焼けただれる。
眩しい閃光が通路を真っ白に染め、目をきつく閉じて顔を覆う。空気が弾け、体に音のない衝撃が叩き付けられる。
「ユートォ!」
目を開けて視力が回復してきた時には、ユートはもうすでに地面に崩れている。彼の横で空になったトラップのまだ作動している音が小さく聞こえる。




