第3話 滴る水滴
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「お前もよくこんな場所に潜ろうと思ったな」
「あんたも人の事言えないじゃん」
ユートの溜息交じりのセリフに私も呆れた声で返す。
基本的に私達が引き受ける仕事は私の独断で決めている。
私達は情報塔の救助部隊に所属しているが、このダンジョンが好きで滞在地にと決めた荒れくれた冒険者達の寄せ集めに近い。探索や救助要請がきても断る事は可能であり、引き受ける依頼は個々が決める。一人も引き受ける事のない要請もある。その要請者の成れの果てを時々ダンジョン内で発見する事もある。基本的にはダンジョンで亡くなればダンジョンに吸収される。けれどもたまにダンジョンに拒絶された死体を発見する。何故拒絶されるのかは不明だがモンスターや蟲、細菌等によって喰い散らかされた遺体へと姿を変える。自分も死んだらそうなるのだろうかといつも疑問に思う。
ユートは燃え尽きそうな松明から新たな松明に火を移す。彼の短く刈った薄い茶髪が明かりで少し赤っぽく見える。男臭い丸太のような腕でその松明を持ち前方を照らす。
ユートとはパートナーになってから数年経つ。最初はお互い同じ目的の為に仕事で渋々組んだのが始まりである。上手い具合にお互いの長所と弱点が絡み合い、思っていた以上にこの関係性はしっくりきたのでそのまま継続しているような状況だ。
最下層へと一番直線的なルートで行く。長年記録されてきた抜け道や危険地点を避けながら進むと普通に二週間近く掛かる道は半分以下に抑える事が可能である。だがそれでもそれだけの時間は掛かるのだ。だから緊急対応が必要な救助要請は無視される。実質上、要請地点まで時間内に到着するのは不可能だからだ。
分厚い革のブーツの下で得体の知れない肉片が潰れる。ブシュッと濁った血液らしき液体が裂けた肉片から飛び散る。唸るほどの異臭が鼻を付く。上層階からにじみ垂れてきたカビ混じりの水滴や排泄物の匂いが逃げ場のない空気中に充満している。トラップの作動した跡があり、その露出した鋭い石片に突き刺さった古びた防具が挟まれたまま長期間放置されている。金属の胸当ては赤黒く錆び付き、その上には更なる異質の腐敗を重ねている。澱んだ空気が肺を侵している気分になる。
ピチョ…… ン ピチョン
水滴は多方向から滴り落ちてくる。幾十にも重なるその水滴の音がまるで滝が近くにあるのだろうかと疑うほどに聞こえてくる。だが暗いダンジョン内ではその水滴が見えない。松明の光が届く範囲のみでの視野は、とても狭い。
「なんか……違和感がしねぇか?」
「ユートも? なんか……何かに観察されている気分。首の後ろがちりちりするような感じ」
――――獲物になったような……
「俺もだ」
彼は短く答えて背後を振り向く。この階層に入ってまだ半刻分ぐらいしか経っていない。それなのに何度もこうやって背後を確認している。いくら慎重なユートとは言え、いつもよりも警戒心が強い。
ピチョ…… ン
再び雫の落ちる音がする。どこか松明の明かりが届かぬ影で何かが動く気配がする。音は聞こえないのに何かが這い回っている。




