6話
「ヨルノソコニトモルツギ……」
セツリは小さく呟きながら、星環の光が淡く照らす夜道を歩いていた。
夢だったのか、現実だったのか。あの深淵のような空間で聞いた声が、今も耳の奥に残響している。
胸の奥で、何かが確かに“目覚めている”感覚があった。けれど、それが本当にギフトなのかどうかはわからない。
気づけば、幼なじみの家の前に立っていた。
迷う時間はほとんどなかった。——ただ、どうしてもクララに話したかった。
クララの父は、この町でも名の知れた冒険者だった。
その父が遺した立派な家を、母親は女手ひとつで守り続けてきた。
クララが冒険者のギフトを授からなかったとき、内心ではほっとしたに違いない。
セツリはそんなことを思いながら、庭先で小さな木の実を拾い上げると、二階の窓に向けて軽く放った。
「コツッ」
乾いた音が夜気に響く。
反応がなく、もう一度投げようと腕を振りかぶったそのとき——窓が外へ開き、クララが顔をのぞかせた。
星環の光を受けた赤毛が、夜の風にほどけて淡く燃えるように揺れる。
何かを小さく言っているが、距離があり声は届かない。
やがてクララは部屋の中へ引っ込み、次の瞬間、窓からロープが垂れ下がった。
「まさか……降りてくる気……?」
呆気に取られるセツリの目の前で、クララは本当に足をかけ、慎重にロープを伝って降りてくる。
「危ないよ……!」
声を潜めて言うが、クララは聞こえないふりをしているのか、それとも夢中なのか。
仕方なくセツリは下で両腕を広げ、彼女が届く高さまで来ると、そっと腰を支えて地面に降ろした。
「ふふっ……昔はよくこうやって抜け出してたわよね」
地面に降り立ったクララが、いたずらっぽく笑う。
セツリは苦笑して肩をすくめた。
「昔って言うけど、つい最近までやってたよ。……そのたびにおばさんに怒られるのは僕も一緒なんだから」
「だって、セツリが呼んでくれると思ったんだもん」
小声でそう言うクララの笑顔に、セツリの胸がふっと温かくなる。
「でも……ありがとう。危ないことして、ケガしなくて良かった」
その言葉にクララは少しだけ頬を染め、いつものように明るい笑顔を取り戻すと、
「さ、いつもの場所に行きましょ!」
とセツリの手を取って、夜の小径を駆け出した。
星環の光が、ふたりの影を寄り添うように伸ばしていた。




