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第24話 『幼なじみの危機』其の五

「クララ、その鞄重いでしょ? 僕が持つよ」


薬の配達先までは少し歩かなければならない。小瓶がたくさん詰まった鞄は、それなりの重さがある。クララはその重さにひょこひょこしながらも、気丈に言った。


「大丈夫! お店まで自分で届けて、ちゃんと仕事が終わったって言えるんだから」


段差のある道に差しかかるたび、セツリは自然と手を差し出しそうになる。彼女の歩き方が危なっかしく、目が離せないのだ。


「やっと商店街まで来たから安心ね…ここは道が舗装されてて歩きやすいもの」


「まぁ…冒険者や商売人もあまりこの町には長居しないからね。うちの方まで道を舗装するのは大変なんだろうな」


「でも、お年寄りや小さな子供もあの辺に多いんだから…あっ、そこの角を曲がった通りに届け先のお店があるの」


クララが言いながら曲がろうとしたその瞬間、反対側から黒い影が飛び出してきた。ぶつかった衝撃でクララが悲鳴を上げ、短く「きゃあっ!」と倒れ込む。


「クララ!」


セツリは慌てて抱き起こそうとするが、クララは通りを見渡して取り乱す。


「鞄が! さっきぶつかってきた人に盗られちゃった!!」


辺りを見回しても犯人の姿はない。ふと見上げると、少し離れた屋根の上に人影が見えた。


「見つけた!」


矢のような速度で駆け出すセツリに、クララが叫ぶ。


「セツリ、追いかけたらダメ! 衛兵さんに任せましょう!!」


だがセツリは首を振りながら言った。


「クララ、衛兵を呼んで来て。ここで待ってて。すぐ戻るから」


走りながら気付いていた。今この不審者を逃がすことが一番良くないことに繋がるということを。

『幼なじみの危機』それが指すのはいまこの瞬間だと。だからこいつを逃がすわけにはいかない。



セツリは実家の手伝いをしている為、同年代の男子よりは力はあるが幼なじみのクララと駆け足競争しても負けるほどだ。

俊敏なわけでもなく運動神経は鈍い方だと自分でもわかっていた。しかし、今の彼は周りの通行人も何が自分たちの脇を通り抜けたのか分からない速度で商店街を駆け抜けている。


本人にも自覚出来ておらず周りを流れる景色の速度に気づかない。ただ屋根の上の人物だけを見て走り続けていた。



不審者が屋根で立ち止まり、飛び降りるのが見えた。店と店の間にできた路地裏へと曲がると、薄汚れたフード付きのマントを着た男が、鞄を開けて中身を確かめているところだった。


息を切らしながら、セツリは声をかける。


「お金は入っていません。だから、その鞄を返してくれませんか」


男は顔を上げず、フードで目元を隠したまま低く返す。


「いや、これで合ってる。お前には関係ねぇ。どけよ」


そのとき、男の手にナイフが握られているのをセツリは見た。


「ギフト……」


セツリは息を飲む。世の中には望ましくない用途のギフトがあると教わっていた。盗みや暴力を助長するような力を持つ者もいるはずなのに、何故か聖律院もその者たちを取り締まることはない。ただの日陰者として裏の家業に努めていると教えられていた。

しかし今はそんなことなど関係ない。目の前にいるのは、幼なじみの鞄を奪った者だ。


「誰かに頼まれたのですか? わざわざ村娘の鞄を狙うなんて」


問いかけても、男は話す気などない。鞄を抱えたまま近づいてきて、距離が詰まると投げるように鞄を放った。


慌てて両手で鞄を掴んだ瞬間、男の左手がナイフを突き出してきた。まずいっ――思ったその刹那、幼なじみの泣き顔と、賢者アルマの「少年、君の力はロゴスの外にある。」という言葉だった



「ごめん、クララ」



言い残して、セツリはナイフを自分の腹で受け止めた。鋭い痛みがあるはずだ。男は「余計なことするからだ」と吐き捨て、鞄を奪い返そうと力を込める。だが鞄は剥がれない。男は混乱し、必死で引っ張る。


そのとき、セツリの口から静かな声がした。


「この――死に損ないになんでこんな力があるんだと思ってる?」



男はぎょっとしてセツリの顔を見、次に腹を見下ろす。刺された跡は確かに見える。だが、血は滲んでいない。何かが違う――不安と恐怖が男を襲う。すると突如、男の片足が激痛に襲われ、立てなくなった。膝が逆方向に曲がり、男は尻もちをつく。


「あ……なんで腹を刺したのに動けるんだ? 普通は痛みで動けねぇだろうが!」


セツリは脇腹をさすりながら「そうだよね…普通はそう、そうあるべきだと思う。

……でもね、今はそういうわけにはいかないんだ」


彼の声には震えがなく、どこか冷たい確信が含まれていた。後ろへ一歩引き、再び男の足を蹴り飛ばす。男は呻き声を上げ、追い詰められてしまう。


「がぁぁぁっ! なんでだよ! あんな田舎娘がどうなったって構わねえだろうが! お前みたいな奴ならもっといい女がいくらでもいるだろうが!」



男は取り繕うように叫び、ナイフを振り回す。その刃がセツリの腕にかすり、赤い血が滲む。男はその血を指先で確かめて、不思議そうに見つめる。セツリは自分の腕の傷を見下ろし、淡々と頷いた。


「……そういう感じか」


すると男が嗚咽するように呟いた。


「てめぇ、腹になんか仕込んでやがったな!」


悔しそうに目を逸らす男に、セツリは服を捲って脇腹を見せる。白い肌に、確かにナイフの跡がある。


「ちゃんと刺されてるよ。だけどね、刺されたからって僕は死なない。死ねない」



鞄を足元にそっと置くと、路地の隅に落ちていた角材を拾い上げ

「念の為もう一本の足もやっとこうかな」と近づいてくる。


男は痛みのせいか、得体の知れない少年のせいか……原因のわからない脂汗が全身を流れ、路地の向こうからの逆光で表情の全く見えない少年が、角材を引き摺り近づいてきているのを目にすると遂に


「は、話す…全部話すから許してくれ!」



その叫びと同時に、遠くからクララの声が飛んだ。


「大丈夫!? セツリ!!」


衛兵らしき足音も追ってきている。


セツリは落ち着いて、先ほど地面に置いた鞄をクララに差し出した。


「ちゃんと取り返したよ。ハルカおばさんとクララの薬だ」


クララはその鞄を受け取ると彼の顔を見つめる。


その顔は埃まみれで綺麗な金髪の髪も汗で額に張り付いており、何時もの冷やかな彼とは別人のようでもその変わらない優しさ、危険な目に合いながらも無事でいてくれたこと、そして…はっきりとはわからないがいつもの冷静な彼らしくない行動の裏にはきっと”自分”がいる、そのことが申し訳なくも嬉しく、誇らしかった。


いつの間にかポロポロと涙を溢すクララにズボンからハンカチを取り出しそれを拭う。


「そう言えば犯人は誰かに頼まれたらしかったんだ。お金じゃなくてクララの薬が目当てだったらしい」


その時、衛兵がやってきて紙片のように集めた事情を二人に告げようと話しかけてくる。


「お嬢さん、もう一度いいか。納品先は『プロフィッツ商店』で間違いないか?」


セツリはクララの顔を見ると、彼女は小さく頷いた。


「はい、間違いありません」


衛兵たちは顔を見合わせ、低く告げた。


「お嬢さんの薬を奪ってこいと指示を出した張本人が、そのプロフィッツ商店の主らしいと証言があります」


路地の静けさの中で、その一言が遠くに響いた。セツリの胸のざわめきは、次の段へと確かな形を持って動き出していた。



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