第20話 『幼なじみの危機』其の一
『幼なじみの危機』
意味も理由もわからない。
けれど、その言葉だけが——夜明け前の静寂の中で脳裏に焼きついて離れなかった。
セツリは布団を跳ね飛ばすように起き上がると、居ても立ってもいられず玄関へ向かうと、リビングではちょうどマーサが朝の支度をしていた。
「母さん、ごめん! ちょっと出掛けてくる!」
「え? なに? どうしたのよ!」
慌てる声を背に、セツリは家を飛び出した。
夢の内容は思い出せない。
けれど胸の奥にこびりつく“得体の知れない不安”が、彼をクララの家へと駆り立てた。
玄関の扉を叩く。
「おはようございます! セツリです。ハルカおばさん!」
すぐに中から鍵の外れる音がして、クララの母ハルカが現れる。
赤毛を後ろでまとめた姿は、どこかクララとよく似ていた。
「まあ、セツリくん。どうしたの? 今日は学校お休みでしょ?
クララならまだ寝てると思うけど……」
「クララ…さんに、どうしても伝えたいことがあって……! 朝早くにすみません!」
息を切らせながら告げるセツリに、ハルカは「あらあら」と口元を押さえて笑う。
「ちょっと待っててねぇ」と言い残して、奥へと戻っていった。
玄関先に残されたセツリは、胸の鼓動が落ち着かないのを感じていた。
息は整ったはずなのに、耳鳴りがひどくなっていく。
そして——足音。二人分の。
やがて扉が開くと、寝ぼけ眼のクララが現れた。
「……ど、どうしたのよ、セツリ。お母さんが“すっごく大事な話がある”って起こしてきたんだけど……」
跳ねた髪を手で押さえ、まだ眠気の残る顔。
ほんの数時間前まで見ていたはずの何時もの幼なじみ。
その姿を見た瞬間、セツリの胸から何かが弾けた。
「クララっ!」
思わず抱きしめる。
堰を切ったように涙があふれ出す。
自分でも理由はわからない。ただ、無事でいてくれたことが——どうしようもなく嬉しかった。
一方クララは、母に「セツリくんが告白に来たわよ」と叩き起こされ、抱きしめられる展開に目を回す。
セツリの涙にも気づかぬまま、顔を真っ赤にして固まる。
そしてその後ろでハルカが、頬を押さえながら呟くのだった。
「あらあら……まあまあ……」




