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19話

クララを無事に送り届けたセツリは、ようやく自分の家の前に立っていた。

夜風が頬を撫でる。星環の光が屋根瓦に反射している。

「こんなことなら、僕の部屋も二階だったらよかったのに」

小さく呟きながら、音を立てぬように玄関の扉を押し開けた、その瞬間だった。


パチン、と灯りの魔道具が点く。

「――こんなことって、どんなことなのかしら?」

冷ややかだが、どこか張りつめた声。母・マーサだ。

その後ろから、やわらかな声音が続く。

「まぁまぁ、無事に戻ってきたんだから、まずは話を聞こうじゃないか」

父・アレンだった。


急な明るさに目を細めたセツリは、そこに三人の家族――

心配と安堵が入り混じった表情を浮かべた両親と、黙って腕を組む兄・バラクの姿を見た。


「……ごめん。心配、かけた。どうしても出かけなきゃいけない理由があって」


アレンが顎に手を当てる。

「ふむ、ひょっとして……ギフトのことかい?」

その言葉にマーサが、きつく息を呑んだ。

「ギフトって……そんな大事なことを、夜中に話しに行く必要があったの?」

セツリは視線を落とし、ゆっくりと答えた。

「……誰よりも先に教えるって約束したんだ。だから、どうしても。」


アレンが苦笑する。

「クララちゃんに、か。」

「まさか……クララちゃんとこんな時間に会ってたの!?」

マーサは青ざめ、椅子の背に手をついて崩れ落ちた。

「明日、すぐ謝りに行かないと……」


その姿にバラクが小さく首を振り、セツリにだけ聞こえる声で「大丈夫か」と囁く。

セツリはただ黙って頷いた。


「それで……セツリ、どんなギフトを授かったの?」

マーサがゆっくりと顔を上げ、震える声で問いかける。

けれど、セツリは何かを言いかけて――やめた。

「……ごめん。今はここでは言えないんだ。」


マーサの眉がぴくりと動く。

「言えない? クララちゃんには伝えに行ったんでしょ?」

その問いにも、セツリは小さく首を振るだけだった。

「明日、ちゃんと話すよ。……場所は、郊外の大木のところで。」


静寂が落ちた。

やがてアレンが立ち上がり、息子の肩に手を置いた。

「……あの場所か。いいだろう。ただ、一つだけ聞かせてくれ。」

その目は真っ直ぐにセツリを捉えていた。

「これは、自分の意志で決めたことなんだな?」


セツリはゆっくりと頷く。

「……うん。」


その返事にアレンは微笑み、妻と息子へと向き直った。

「よし、続きは明日だ。今日はもう休もう。明日までに頭を冷やす時間も必要だろう?」

「まったく……あなたはいつもセツリに甘いんだから。」

マーサはため息をつきつつも、どこか安心したように言い、アレンの後を追った。

バラクも軽くセツリの肩を叩くと、何も言わず部屋へ戻る。


静まり返った家。

セツリはリビングの灯りを消し、自分の部屋に戻ると、そのままベッドに倒れ込んだ。

体が鉛のように重い。

「……今日は、本当に、長い一日だったな。」


目を閉じる。意識が静かに沈んでいく。

――その底で、微かに声がした。


誰かが泣いている。

知らない部屋。乱れたシーツ。一糸まとわぬ姿で泣き崩れる少女。

男の声が遠くにあるが、言葉は聞こえない。

赤い髪、そばかす――

「クララ……?」


喉の奥から絞り出すように名を呼んだ瞬間、

世界が砕け、光が弾ける。

セツリは息を荒げて目を覚ました。


額には冷たい汗。

目を開けているのに、まだ夢の残滓が視界の端にこびりついているような感覚があった。

けれど、どんな夢だったのか――まるで思い出せない。


ただ、胸の奥にざらつく不安だけが残っている。

心臓が、痛いほどに早鐘を打っていた。


(……何か、起きる)

それだけは、確かに感じていた。

そして――その感覚に、ひとつの言葉が形を与えた。




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