12話
「夜の底に知路告ぎ」
セツリの声だけが、静まり返った夜に響いた。
足元を撫でる風が草原を走り、銀の波のように揺らめく。
アルマはその言葉を聞くまで、彼のギフトがどの系統に属するのかを推し量っていた。
“祈祷” "夢見” “魂視” “献身”──第六系統のギフトは総じて、心や祈り、魂の理に関わるもの。
争いとは無縁で、穏やかで、それでいて確かに神性に触れる。
だが、少年の口から告げられた名は――まるで理の外から届いた音のようだった。
「……これは、どういう……?」
アルマはわずかに目を細め、過去の記憶をたぐる。
「エリナか……」
思わず漏れた名は、かつて聖律院の手を逃れるため、自らが保護した少女。
エリナ・フェルヴァ──“勇者”のギフトを持つ村娘。
聖律院が定めたギフトの階位の序列は、神の理を基準とする。
だが、“勇者”はそのどれにも属さない。
神の枠を逸脱した奇跡。
ゆえに、世界にとって祝福でありながら、聖律院にとっては最も忌むべき存在でもあった。
アルマは第三階《神誓者》としてその理を識る者。
だが、目の前の少年から漂う異質な気配は、『勇者』エリナと同質か、それ以上の異端を感じさせた。
それなのに、当人達はそれを意識していない。
それはギフトの理が授かった本人に全く作用していない証拠であり、神の理の外側に立つ者。
無垢な光が、理の隙間から滲み出るように見える。
「……少年、君の力は理の外にある。
神の法でも測れず、聖律院の術でも掴めない。だからこそ危うい。」
アルマはゆっくりと歩み寄りながら続けた。
「だが、私は“理を識る”者だ。
君の力を縛ることはできないが、理の内側に“見せかける”ことならできる。その代わりに…」
クララはその言葉に縋るように叫んだ。
「そんな……! 賢者様、私は……セツリと離れたくありません!
お願いです、連れて行かないで……!」
崩れ落ち、震えるクララをセツリは抱き寄せる。
その腕に込めた決意が、アルマの瞳に映る。
「賢者様。……僕は、聖律院には行きません。」
アルマは二人の前で膝を折り、そっとクララの頬に手を添えた。
「すまないね、怖がらせてしまった。
私は君の恋人を奪うつもりなんて、これっぽっちもないよ。」
そう言って微笑み、涙で濡れた頬を優しく拭う。
「君のギフトを隠すには、賢者の理《理の覆い(アポクリファ)》を使う。
偽りの理を纏わせて、一般系統のギフトに見せかけるんだ。
それなら、正律派の目にもただの“奇跡”としか映らない。」
クララの頬の涙の跡が消えるのを見届けると、アルマは立ち上がり、静かに言葉を重ねた。
「ただ……その代わり、ひとつだけ。
私の願いを聞いてほしい。」
星明りの下、アルマの瞳だけが、理の奥で微かに光を宿していた。




