11話
第6のギフト――
その響きに、セツリとクララは思わず互いを見合わせた。
どちらの顔にも、同じ困惑が浮かんでいる。
町の学校でギフトの体系を学んだ者なら、誰もがこう答えるだろう。
聖律院が定めた分類は、五系統。
1. 生活系 ― 日常と自然の調和《農耕・天の巡り》など〈地恩〉
2. 実務・支援系 ― 社会と人の連携《導き・星導》など〈地恩〉
3. 戦闘・冒険系 ― 意志と力の顕現《剣術・刃呼び》など〈血誓〉
4. 学術・知識系 ― 理解と再現《錬成・理の裂け目》など〈天与〉
5. 芸術・感情系 ― 感性の顕現《詩歌・言霊の滴》など〈天与〉
そして、それらを超越した存在として「勇者」や「賢者」の特殊ギフトがある――
それが、常識のすべて。
だが「第6」など、聞いたことがない。
もし、それがこの体系に属さない力を指すのなら……
セツリには、胸の奥にひとつだけ思い当たるものがあった。
「それを知って、どうするのですか?」
喉が乾くのを感じながらも、セツリは冷静を装って問う。
「心配しなくてもいい。悪いようにはしない」
アルマは柔らかな声で応じた。
「物語の悪役も、だいたいそう言います」
セツリの返しに、クララは一瞬ひやりとする。
いつも穏やかな彼が、こんな皮肉を口にするのは珍しかった。
「……あの、賢者様。」
彼女は勇気を出して一歩前に出る。
「どうして私たちのどちらかが、その“第6のギフト”を授かったと思うのですか?」
アルマはクララを見つめ、静かに微笑んだ。
「君の彼女殿は聡いな」
そして淡々と続ける。
「思い込みではない。確信している。
聖律院が管理する“第6ギフト感知者”の力が、ここを指し示した。
ただ、来てみれば――逢瀬の最中とはね。
私のギフトを使わずに済むなら、それに越したことはないと思っていたのだが」
その言葉にクララの胸が締め付けられる。
“管理”――その言葉が重く響いた。
アルマの瞳が、星環の光を反射して揺らめく。
「第6系統…精神・魂系――《心魂の律》と呼ばれる系統がある。
登録者の自覚が無い場合は、不明な力だと通告し連行、そしてそれを“神の領域に近づきすぎた者”として監視・研究している。
その中に他者の夢へ干渉できる者がいてね。
彼が見たのだ。系統すら定義不能な、異質の力を」
先程幼なじみとの話題に、稀に何のギフトなのか分からないギフトを授かった人がいると話していた。だが、確かに二人共その人物がどういう人生を送ったかの話は聞いたことが無い
セツリは唾を飲み込み、問いかける。
「……その人は、持ち主の顔を見たのですか?」
アルマは目を閉じ、夜空を仰いだ。
「おそらく見れば分かっただろう。だが――それはもう叶わない。
この眩い星環を見ることさえ」
一拍の沈黙。
再び彼の視線がセツリへと戻る。
「聖律院…正律派は甘くない。
虚偽のギフト登録は処罰対象だ。
そしてもし、“真のギフト”が神に近すぎると判断されれば――
それは不敬、いや、神への冒涜として……処分される」
空気が凍りついた。
「……私たちは、そんな理不尽に抗う者たちだ」
アルマは穏やかに続ける。
「君たちを“保護”するためにここに来た。
感知の力を使った者は失明したが、それでも君たちを守るために力を使った」
その表情には、悲しみも怒りも浮かんでいない。
ただ、限界を越えて感情を削ぎ落とした者の静けさだけがあった。
「聖律院の主導を握っている正律派は信じている。
“人はギフトにより生かされ、理に沿って生きるべし”。
そこに、本人の意思は不要だと」
アルマは一歩、二人に近づく。
星環の光が彼女の白金の髪を照らした。
「――だからこそ、教えてほしい。
どちらが、第6ギフトの持ち主なのか」
セツリはクララと視線を交わす。
彼女も、静かに頷いた。
アルマの言葉が真実かどうかはわからない。
だが、彼女の“悲しみを超えた無表情”が、嘘ではないと直感した。
セツリはゆっくりと、アルマを見据える。
「僕が……おそらく、そのギフトを授かった者です。
名は――『夜の底に知路告ぎ』」
星環が、静かに瞬き……
その名を告げた瞬間、夜が呼吸を止めたように感じられた。




