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第92話 マスダの供述調書 その1

「ほなまぁ、今日も楽しゅう取り調べいってみよか?」

 

 今回は緊急案件や。

 よりにもよって、ワシの眼の前でどえらい事件が発生したんやからな……直々きっちり調べさせてもらうで。

 

「ほな、まずは名前や。」

「ワタシ、ネコ語ワカリマセ〜ン!」

「ウソこけ! さっきまでペラペラ喋っとったやないか! ……もう『シャオリン』でええな?」

「そんな……なぜその名を!」

「北方軍司令のケンオーをたぶらかした、『コバヤシ』(※1)いう傾国の美女がおったそうやが……それあんさんのことやろ?」

「さぁ、何のことやら。」

「まぁこの際、出自はどうでもええわ。せやけどまぁ、ウチのギルドに『スリーパー』(※2)が潜り込んでたとはな……。」

「スリーパーだなんてとんでもない! 私は寝起きは良い方ですよ?」

「やかましいわ! うまいこと言うた思てドヤ顔しとるやろ、お前!」


 すると、女スパイはフッと艶っぽい眼差しをみせる。

「局長さん……わたしは随分と長いこと、ココで仕事させてもらいました。」

「ホンマやな〜。このギルドで働いてもろて、7年くらいは経ったんかいの?」

「そうですね。……わたしは一目会ったその日から、ずっと局長さんのことをお慕い申し上げておりました。」

「ほぉか? そういうコトはもっと早よ言わなあかんなぁ? ってか……この後に及んで、今更そんな安い手には乗らへんで?」

「わたしは、嘘偽りは申しません。」

「おいおい? 密偵のくせしてからに、その存在自体が嘘偽りそのものやないか?」

「わたしがこの国に帰化して、かれこれ10年以上になりますけれど……ココでの生活が一番幸せに感じます。」

「あーそかそか。そう言うてくれるんは嬉しいけどなぁ……せやかて、今回の話がチャラになるわけちゃうんやで?」


 サル人の女は、伏し目がちな表情でつぶやく。

「ああ……。この『任務』についてから、いつかはこのような日が来ると思っておりました。わたしは、もう覚悟はできております。」

「ほーぉ?随分としおらしいこっちゃな? だがそう簡単にお前さんを『手放す』わけにもいかんのや。」

「どうせなら、わたしが愛したあなたの手で……。」

「……あ、そういうのんはもうええから。そもそもな、そんな勝手に死なれても困るさかいのう?」

 

「え?」

 目を丸くする女スパイ。

「『え?』やあらへんがな、このスカタンが。」

「『ミナミの悪魔』と呼ばれるあなたが、わたしのような『裏切り者』をすぐに始末しないなんて……。」

「あんなぁ……あんま人を殺し屋みたいに言わんといてくれるか? そもそもワイは平和主義やから、無用な殺生は好まんのや。」

「でしたら、このような『禍々しい』首輪をつけられて。わたしは冷たい地下牢に繋がれて一生を過ごすことになるんですね……。」

「う〜ん……そいつもちょっと違うかもしれへんで? お前、ワイがそんなことするヤツに見えとったか?」


 白面の美女と悪人面の男は、しばし見つめ合う。

 取調室の中は、静寂に包まれた……。


「……。」

「…………。」

 すると、その静寂を打ち消すように、扉がノックされる。

「……お、おう。入れ。」

 

 扉が開くと、先ほどの兵士が顔を出した。

「局長。準備ができましたので、早速お持ちしました!」

「おお、待ちかねたぞ! その机の上に置いといてくれるか。」

「はっ!」


 ――――――――――


 ※1 小林を中……いや、サル語読みすると『シャオリン』。

 ※2 スリーパー・エージェント。浸透工作員とも。敵国や他国で「普通の市民」として暮らしながら、“いざという時”だけ活動するスパイ。一生何もせずに終わることもあるらしい。

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