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第90話 注射

「はーい、親指を握ってもらえますかー?」

 ああそうか、静脈注射ね。

 

 しばらくすると、ボクの腕にスッと針が刺さる。

 流石に手慣れているのか、刺さった感覚すら感じない。

 そして1拍おいてから、駆血帯(※1)は緩められる。

 

 にわかに扉がコツコツと叩かれる。

 ギイときしみながら、ゆっくりと木の扉が開かれる。

 現れたのは、白スーツを着た強面のおっさん、マスダ。

 

 彼は大柄の拳銃を片手でスッと構えると、静かに言い放つ。

「ええか〜? 誰もそこから動いたらアカンで?」

 

「ええとー? 突然何を? どうかなさいましたかー?」

 看護師はゆっくりと注射器のピストンに力を込めていく。

 その瞬間、マウザーC96(※2)がガンと火を噴く。

「おいお前! 動くな言うたやろが! 聞こえんかったんか?」

 ……うぁ!? なぜ撃った??


「そんな大きな音立てて、患者さんがびっくりされるじゃないですかー!」

「おいおい、そもそも……ワシんとこに看護師なんぞ頼んだ覚えはないんやが? このエテ公が!」

「何をバカなことを! 人を呼びますよ!」

「おうおう〜呼んでみてみぃや? そん時にそのツラ、どう説明つけようってんじゃワレ!」

 

 そう言われて看護師の顔を横目で見ると……何と、先程の雰囲気とはまるで別人?

 白い肌に目の周りが派手な桃色……アイメイクだろうか?(※3)

 それに、さっきよりも髪の毛の色が赤いような……あれ?ネコ耳が片っぽ無くなって???

 しかも人間と同じように、横にも耳があるようだが。

 

「ネコミミふっ飛ばされてるのも気づかんと、ようもしゃあしゃあと抜かしくさりおって!」

「あらー? これはワタシとしたことがー。 バレてしまいましたねー。」

「そんじゃあ、まずはゆっくり手を上げるんや。 妙な動きしたら、次は額に華咲かしたるで?」

 ビジュアル的には悪人面のおっさんが、ドスの効いた声色でゆっくり促す。

 

「でも注射の途中で――」

「ゆ〜っくり手え離せや? 注射ぐらい放っといても、こいつは死にやせんがな。」

 微妙にひどいことを言ってる気がする。

「せめて針を抜くだけでも……」

「くどいな。お前の片腕犠牲にするって言うんやったら、考えてもええけどな?」

 …………えーと? 何かボーっとしてきた気が。

 こんな非常時なのに、か?

 

「ゆ〜っくりやで? そうや……ハエが眠うなるくらいゆっくりや。」

 看護師は注射器から手を離し、じわりじわりと手を頭の上に伸ばす。

「髪の毛には一切触れるなよ? 多分なんか仕込んでるやろうからな?」

 

 マスダは、ゆっくりとした動きで歩いてきて、看護師から2mほど離れたところにピタリと止まる。

「じゃあ手を上げたまんま、じわぁ〜っと立ち上がるんや。」

「ミナミのマスダが『雷撃』使いだったとは、初耳だわー? 変わった杖の形ね?」

「無駄口叩かんと、立ち上がって背ぇ向けるんや。 ゆっくりやで?」

「はいはい、何にもしませんよー。痛いの嫌だし、安い仕事料で死ぬなんてもってのほかだわー?」

「あぁそういうこっちゃ。 お互いのためにならんことは、やらんことやな。」


 看護師が立ち上がり、向こう向きになったところで――

「ユリミさん、もう入ってきてもええで? ほんでこの注射器抜いたってや?」

 ……あぁ、意識がだんだん朦朧としてくるような??

 

 すると、2人が部屋に駆け込んできた。

 声からして、母ネコさんとネコ娘だろうか?

 

 ネコ娘は、ボクの腕に刺さったままの注射器をスッと抜いて、膿盆(※4)においてあったアルコール綿で圧迫止血してくれる。

「はい! もう大丈夫よ、タマキさん♪」

 そして同時に、母ネコさんは看護師の首筋に指先で軽く触れ、ボソリと短い呪文を唱える。

 次の瞬間、看護師はドスンと膝から崩れ落ちた。

 

「はは! あんさんの昏睡魔法は、いつ見ても鮮やかやなぁ? まだまだ第一線張れるんと違うか?」

「うふふ♪もうそんな歳でもないわよ? これからは若い人の時代だわ。」

「せやなぁ?『老兵は死なず、ただ消えゆくのみ』ってか?」

「う〜ん、『老兵』ってほどでもないんだけどね〜?」

「あぁ〜それは済まんかったのう、堪忍してや。」

 ガチャガチャと音がしているから、おそらく倒れた看護師に手錠でもかけているのだろう……。


 そんな軽妙なやり取りの中、ネコ娘は折れたアンプルのラベルを注意深く読んでいたようだが――

「お母さん、大変! この注射の薬液、濃すぎるよ? このままじゃ副作用で……」

 

 ――――――――――


 ※1 採血や静脈注射を行う際に、腕に巻いて血管を浮き上がらせるために使用するゴムバンドやチューブなどのこと。軽く締めるだけで充分なので、止血帯のようにギュウギュウ縛ることは必要ない。

 ※2 モーゼルC96・モ式大型拳銃とも。1896年から1937年までの41年間にかけて製造された。現代拳銃と雰囲気がかなり違う独特のシェイプをしている。ちなみに、似た形状のM712(M1932)は、フルオートで撃てるマシンピストル(機関拳銃)である。

 ※3 おおまかにいうと、「京劇」メイクの女優っぽい感じ。

 ※4 ソラマメ型のトレイのこと。たいていはステンレス製。

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