第39話 浴衣
……そう、ボクは猫宮環。
ボクが17歳の時に遭った車の大事故で両親を亡くし、ついでに記憶も無くした。
その後親戚らしい家を転々として……その後の流れは、小百合先輩が以前話してくれた通り。
高校の時も在隊時も、特に居心地の悪さは感じていなかったんだけど……残念ながら正直、昔のことはあんまり覚えていない。
二十歳までのエピソードって、ほんとサッパリ抜け落ちてるって感じで。
これはたぶん事故の影響なんだろうけど……まぁそれほど困ってないし、今となってはもうどうでもいいと思って諦めている。
隊を辞めてからは、防衛関連の会社に入って早5年。
あまり大きな会社じゃないから結構いろんな仕事にも携わったし……そのおかげで、ちょっとだけ人付き合いも増えた。
小百合先輩はもちろん熊さんにも、公私ともにずいぶんとお世話になったよ。
2人とは多少年齢も離れていたせいか、ボクにとっては何だか『親代わり』だったような気もする。
最近はだいぶ仕事にも慣れたから、2人への恩返しはこれからだよね!とか思っていたのに……いつの間にやら『異世界』へ。
『孝行のしたい時に親はなし』なんて言うけど、まさにその心境みたいな?
……ま、『消えた』のはボクのほうなんだろうけどね。
『ああ無情』とでもいうべきだろうか? いやいや、そこまで悲惨なわけでもないかナ…………。
「…………あらあら、どうしたの? ちょっと湯当たりしちゃったかしら?」
その声で我に返ったボク。
「ああ……ごめんなさい、何だかボーッとしちゃってて。」
「さあ、湯冷めしないうちに浴衣を着て帰りましょう。」
母娘ネコは、すでに浴衣を着て涼んでいたようだ。
ボクも浴衣を着てみるけれども……うーん、やっぱり丈が長いような気がする。
どうしても裾が床に着いちゃうんだよね。
「うふふ、こういう時はちゃんと『おはしょり』して着るといいわよ? 私が着せてあげるわね♪」
そう言うや否やあっという間に丸裸にされるボク。
そして背後から手を回し器用に着せていく母ネコさん。
「ほらこうやって、腰の部分で生地をたくし上げておくと丈が合うようになるでしょ?」
「なるほど、こうすると多少背丈の違いがあっても着物の丈を合わせられるんですね。」
「そういうこと。 でも逆に裾からたくし上げれば対丈(※1)っぽくなるから、それでもイイと思うわよ?」
と言いながら母ネコは、自分の浴衣の裾を内側に折り返し短くして見せてくれる。
するとちょうどミニスカート状態になるので、むっちりフトモモが露わに……。
うわあぁ何なんだこの色気は……ちょっとドキッとしちゃうんだけど?
「あ、もしそのままお布団に入ったら、細帯や腰紐は緩めるといいわよ? 締め付けたトコが痒くなっちゃうからネ♪」
「はい、そうします。」
まさか日本人のボクが、着物の着方を異世界人に教えてもらうことになるとは……。(※2)
確かに今の今まで、旅館の浴衣くらいしか着たことないし、それも2〜3回くらいだけど。
「さ、夜も更けたから帰りますよ?」
「「は〜い」」
とまあこんな感じで、ボクの『異世界初めてのお風呂回』は幕を閉じるのであった。(※3)
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※1 『ついたけ』もしくは『つったけ』と読む。ワンピースでいうマキシ丈に当たる。『おはしょり』を作る必要がないので、着るのは結構ラク。実は江戸前期までは、みんな対丈だったらしい。
※2 着物を上手に着るには、ある程度の知識と練習が必要。……でも着物は本来、普段着のはずだからもっと気軽に着ても良いと思うんだよねぇ。あまりにも形式張って堅苦しくしちゃって、高級志向にしちゃってるから、あの業界は廃れてきてるんじゃないかなぁと思うよ? 『着物警察』とかも大概にしとかんとね?
※3 お色気イベント回ともいう……w




