霧の中の訪問者 第5章 「傷跡」
霧の少女との激闘が終わり、幻想郷には再び静けさが戻ってきた。しかし、その戦いがもたらした被害は想像以上に深刻だった。霧の竜や無数の蛇が暴れ回った場所には、かつての幻想郷の美しさを覆い隠すように、荒廃の跡が残されていた。
霊夢と魔理沙は、戦いの余韻を引きずりながら、地上を歩いていた。
「ひどいな……」魔理沙が言葉を漏らし、目の前の光景を見つめる。
かつて緑に覆われ、幻想郷の穏やかさを象徴していた森は、霧の力で枯れ果て、木々は根元から折れ、地面には巨大なひび割れが広がっていた。大地は冷たく、湿った空気が漂い、村人たちが大切にしていた作物も無残に荒らされていた。
「霧がこんなに強く浸透していたなんて……。」霊夢は眉をひそめながら、手元の御札を握りしめた。「私たちは戦いに集中していたけれど、その間にこんなことになっていたなんて。」
村に近づくにつれて、その被害の大きさはさらに明確になっていった。家屋の一部が霧によって腐食し、壁はひび割れ、屋根が崩れ落ちている場所もあった。村人たちは無言で壊れた家を修復しようとし、誰もが疲れ果てた表情を浮かべていた。
「まるで戦争の後みたいだな……」魔理沙が呟いた。
霊夢は村人たちに歩み寄り、言葉をかけようとしたが、彼らの目に浮かぶ不安と恐怖を感じ、言葉を失った。
「霊夢さん、これからどうなるんですか?」近くにいた若い女性が声をかけてきた。「この霧の異変はもう終わったんですか?」
霊夢は少し黙り込んだ後、静かに答えた。「ええ、異変は収束しました。でも、しばらくは影響が残るかもしれないわ。少しずつ元の状態に戻るように、私たちも手を貸すから安心して。」
しかし、その言葉に完全な自信があったわけではなかった。少女が引き起こした霧の力は、単なる自然現象ではなく、幻想郷そのものに大きな揺らぎを与えていた。
「すまない、霊夢。私たちがもっと早く対処していれば、ここまでの被害は防げたかもしれない。」魔理沙が苦々しい表情で言った。
「仕方ないわ。あの霧の力は予想以上に強力だった。私たちだけじゃ完全に防ぎきれなかったのかもしれない。」霊夢は悔しさを隠しきれない表情で答えた。
―――
村の修復が進む中、霊夢は再び空へと飛び上がり、異変の中心地だった場所へと向かった。そこは霧が最も濃く、少女が最後に姿を消した場所だった。
かつてそこに広がっていた草原は、今や黒く焦げたように変色しており、何も生えていない荒れ地と化していた。霊夢はその中央に立ち、静かに目を閉じた。
「幻想郷は傷ついた。でも、これで終わりではない。」
彼女は御札を取り出し、地面に置いた。それは博麗の巫女としての役割、そして幻想郷を守る者としての決意を象徴するものだった。
「ここからが私たちの役目ね。幻想郷は、いつだって私たちが守ってきた場所だもの。」
霊夢はそう呟くと、再び村へと戻るために空を飛び立った。彼女の背後では、まだ荒廃した大地が広がっていたが、少しずつ復興への兆しが見え始めていた。