正体
念伍VS水犬の決着と別れ
「なかなかよい戦いだった、まさか端に追い込まれるとは」
念伍の後ろは寺の角、なんやかんやで後がなかった。
「この戦いの中で一度も後ろに回り込む動作はなかった、気がつけば寺の端にそして角に追い込まれていた、まるで川に追い込まれ……違うな、削られると言った感じか」
念伍は壁から離れて、気力で立っている水犬に近づいてゆく、すると、どこからか小石が寺の外から木々の間をすり抜けて、水犬の頭に当たった。
水犬は閉じていた目を開けて、念伍の方を向いた。
『……今だ!』
水犬は突如念伍に向かって走り出した、念伍はまだ壁から少ししか離れていなかったが。
「今の体力で真正面から突撃かそれともフェイントか…この場でも充分に対応できる」
速度を上げる水犬、目を凝らして動きを読む念伍。
『ココだ!!』
水犬は足をひねった。
「フェイントか…ならば」
念伍は一歩前に出て木刀を抜き、動きのとまるであろう水犬の胴体を狙った。
「水の物の怪よ今日も拙僧の勝ちだ……」
念伍の木刀は縦に切り上げられ、水犬の体を真っ二つにするはずだった、ところが。
水犬は念伍の木刀をすり抜けて、懐に飛び込んでむと思いきや、そのまま念伍の横を通り過ぎた。
「フェイントでも突撃でもないだと……なら何なんだその行動は……」
そう言いながら振り向いた念伍の目の前には水犬の牙が手の届くとこまで近づいていた、突然の攻撃に木刀で防ごうとしたが、間に合わずに水犬の脚が肩を捕らえ、そのまま念伍は背中から砂利の上に倒された。
倒された念伍は水犬が顔に噛みつこうとしてきたが木刀で水犬の口を閉じなさせないようになんとか挟んでいた、しかし、ボロボロになった木刀に今の水犬の牙を防ぐ強度はなくなっていた、木刀はミシミシとおとをたて、ついには砕けてしまい、念伍の顔面に牙が当たった所で止まった。
ゆっくりと水犬は念伍の顔から牙を離し、倒れた念伍の体の上から降りた。
水犬は今の出来事に頭が追い付いていなかった、眼を閉じて、頭に何か当たって、気がついたら念伍が倒れてて、木刀が…木刀が折れてて、でも、とにかく体が飛び跳ねるくらい、尻尾が引きちぎれるほどに嬉しい。
「……ついにか」
水犬は念伍のことを忘れて走り回っては跳んで、転がって、疲れてはまた走り回っていた。
念伍は折れた木刀を見てから、水犬の通り過ぎたほうをみたら。
「なるほど、壁を蹴って跳んできたのか」
念伍が背にしていた角の壁二カ所に水犬の脚らしき跡が残っていた。
水犬は横を通り過ぎた後すぐに壁に飛び付き、角を利用してブーメランのように素早く速度を落とさずに回り跳び込み念伍を砂利の上に倒し、その勢いで木刀を折った。
ようやく興奮状態から正常に戻った水犬はいつもより静かに座っている念伍に近寄った。
近寄った水犬は折れた木刀を見ては念伍を見て、念伍を見ては木刀を見てを繰り返した。
「……やっと、やっと折れたのか、水の物の怪よ、よくやってくれた、この木刀はお主の勝利の跡であり、これで昔の雑念を折って拙僧は新しい道に歩めることが出来る、ありがとう」
念伍は水犬に礼をしてから寺の仏壇に折れた木刀を置いて、座禅を組んだ。
「水の物の怪よ、今日はこれで終わりだもう帰ってくれないか」
水犬は井戸から水を汲み上げてバケツに移し替え、それらの用意をし終え入る気満々で片足つけたところで止まった。
「それと拙僧が教えられることも今のお主にはもうない、故にもうココにはくるな」
水犬はなぜそんなことを言うのか分からなかった、木刀?それとも勝ったから?どっちとも?けれどもこの寺に来るのは念伍を強者だから倒すだけではなく、今ではアラネ以外の新しい友達だと思っていた。
なのにどうして?もう会いたくないの?
突然の別れ話に集団猛烈抗議のように吠える水犬。
「言ったはずだ水の物の怪、拙僧は新しい道を歩と、その第一歩としてこの寺から出ることにしていた」
念伍は振り返りもせずにタンタンと喋る。
「何も言わずに去るつもりだった……しかしあの時、誰も来ないこの寺の石を踏み、閉ざされていた門を開けた、一度追い返したにも関わらずあろうことに勝負を持ち込んだ、その無邪気な眼と強くなりたいという心に触れた拙僧は…どこかで捨ててしまった物を再び呼び起こすことができた」
吠えるのを止めて、しっかりと念伍の最後の言葉を聞く。
「もう一度言う、ありがとう…そして、さよならだ」
水犬は何も言わずに地面を見ながら門の前まで歩いて、最後にもう一度念伍を見たが、灯りのない薄暗い寺の中で念伍は仏壇の前で座禅を組んでいた。
水犬は門を音を立てないように少しだけ開け、後ろ脚から寺から出て、最後まで念伍は振り返りることなく門は閉ざされた。
「水犬よ…拙僧以外に良い友がいて羨ましいぐらいだ」
水犬は石畳の一枚一枚を数えながら抜けて開けっ放しの門を通り過ぎると、木の枝から聞き慣れた声がした。
水犬は成長したがまだまだ弱い、あの一閃を当てられた水犬を勝利に導いたのはどこからか飛んできた小石、あれは誰かが水犬を起こすために投げた願いの小石。
「拙僧のようになくしたりしてはいかんぞ」
念伍は戦いのさなかに誰かがジッと水犬を見ている事に気づいていた。
聞き慣れた声の主は水犬の目の前に降りてきた。
「水犬こんなとこで何してるの?」
『アラネちゃん!どうしてこんなとこに!?工場はどうしたの?』
「えっと…工場は…そう、今日は休みなのよ、暇だったからそこら辺歩いてたら偶然会っただけよ、いやー偶然ってすごいね水犬」
偶然でこんなヘンテコな場所にこれるはずない、アラネの嘘はまだ続いていたが。
『そうだね、偶然ってすごいね』
っと、気づいていない振りをした。
水犬はアラネと一緒にまだ昼過ぎの念伍寺からアパートに帰ろうと歩み出した。
その帰りしに落ちていたゴミをアラネが拾い上げ、ゴミ箱に投げ捨てていた。
『だって、僕が苦戦してたときに小石が飛んできたのもきっと……』
「あれは偶然じゃないわよ、ちゃんと狙って……」
『えっ!狙った!?何を』
「あ……違う違う、あたしは…そうゴミよ、ゴミを狙ってあのゴミ箱の穴に入れたのよ、そんな事より今から競走よ」
『どうして急に』
「今朝のリベンジ、負けっぱなしは嫌なの、321ドン」
アラネは水犬を置いて走り出した。
『えっ…もう始まったの!?せこいよ急に始めるなんて』
「せこくていいのよ、だってあたし達悪の組織でしょ」
『そんな小さなせこさを持った悪の組織はどうかと思う』
その後、水犬とアラネは走りながらせこいこの小ささを言い争いながらアパートに帰って行った。
その日の真夜中……
念伍寺に続く石畳を誰かが歩いていた、水犬の四足歩行とは違う、一歩一歩が重く石畳を踏んで吸い殻を落としながら口から煙を吐いている。
そんな物の怪が真夜中の閉じられている門を開けて寺の中に入ってきた。
「サムイサムイ…まだ夜は冷えるな、いつもいる場所が熱すぎるだけか?」
物の怪は月明かりと口元の小さな火を頼りに辺りを見渡して、寺の奥にいる念伍を見つけた。
「いたいた、念伍〜そこで何して…」
物の怪は廊下から本堂に入ったその時、足元で木が折れたような音がした。
「ん?何か踏んだ」
それは念伍が愛用していた木刀が真っ二つに更に片方は半分になっていた。
物の怪は木刀を持ち上げると足を器用にバタバタさせて慌てた。
「ねねね念伍ちゃん、わ…ワシ大変なことしでかしてしもた、ワシは念伍ちゃんの大切な木刀折ってしもた、どう謝ったらいいんや?」
念伍は座禅を解かずに慌てている物の怪に言い放った。
「まずは足を止めて正座して下さい、あなたの体重で床が抜けます」
「ううん、そうする」
物の怪は顔を縦に振りただちに足を止めて正座をした。
「念伍ちゃん?ワシは…」
念伍は立ち上がると何かを手に持ち、物の怪の横を通り過ぎて本道から外に出た。
「その木刀は今朝の闘いで折れた物」
「今朝折れた…よかった、ワシが初ではないのか……今朝折れただと!」
物の怪は鬼の形相で念伍に近づいてきた。
「誰だ!そいつは!念伍ちゃんが大切に使ってきた思い出の木刀を誰が折ったんだ!念伍ちゃん安心しろそいつはワシとアイツと協力して見つけ出して、燃料にしてくれる」
「おちついてくれ、そいつとは正々堂々と戦った途中で折れたんだ」
「そうなのか……」
「だからそんなに熱くならなくていい、せっかくの葉巻が燃えてしまう」
物の怪はくわえていた葉巻を手に取り、吸い込んでいた煙をまるで燃えている家の煙のように吐き出した。
「ちょっと手遅れだった、半分燃えてしまっている」
物の怪は葉巻の火を消して胸ポケットにしまった。
「しかし念伍ちゃん、あれはワシらが一緒にいたころから持っていた貴重な思い出のはず……」
「しかし時には重荷にもなるんだ」
物の怪は念伍が本道から持っていた物に目を向けた。
「それは何だ?」
念伍の手には折れた木刀より少し長くなった木刀が握られていた。
「新しい道を歩むための護身用さ」
「念伍、それじゃあ……」
念伍は閉じられた門の前に立ち、木刀を構えた。
「水犬よ、礼を言う、拙僧はいまから新たな道を歩」
すると、木製の門が斜めにずれ動き、閉じることが出来ない念伍寺の最初の門のように開きっぱなしになった。
「案内してくれ、ナンバーズのアジトに拙僧も今から世界征服の組織の一人No.5になる」
「なるほど、だからワシを呼んだのか…いいのか?念伍」
「拙僧達は古い付き合いじゃないか、昔の拙僧は消えた、今からは己の野望のために拙僧達の夢のために戦う、だからこそ捨ててきた物もあるだろ……銑三」
念伍と銑三は石畳の道を歩きだした
「そうだな、ワシらは自分の夢のために捨てた物も少なくはないな」
「あの二人が今の拙僧達を見たらなんと言うだろう」
銑三は笑いながら。
「良くは言わんだろうな、一人はそれで消えたのだから……いや、消えたではなくけしたの間違いか」
「違いない、どうやら拙僧達はすでに悪の組織らしくなっているようだ」
その日の夜、念伍寺から二人の不気味な笑い声とともに念伍寺はその日以降誰も近寄らなくなった。
ナンバーズメンバーNo.5念伍流酔、新たな道を歩き出す、それは友と共に己の野望のために悪の組織に入り世界を征服する道だった。