第8話 目指せ辺境の勇者
ラディルはサーナを自分の家に住まわせることになった。
リビングのテーブルに向かい合って座る。
相棒に隠し事はできないとして、ラディルは辺境に来るまでの経緯を全て話した。
今をときめく勇者アレスと共に魔王を倒したが、ラディルの存在は世間には公表しなくなったこと。辺境に向かうよう命じられたこと。それに猛抗議するアレスをなだめるため、「俺も辺境で“勇者”を名乗って名前を轟かせる」と宣言したこと。
「なるほどねえ」
「信じてくれるのか!?」
「うん、信じるよ。相棒の言うことだもん」
サーナはにっこり笑う。
「やっと俺のことを勇者と認めてくれる人物が……」
ハンカチを目に当てるラディル。
「なにも泣かなくても……」
サーナは苦笑する。
「今となっちゃ王様の言うことも分かる。これから国を担おうなんていうアレスが、“相棒と二人で魔王を倒しました”なんてカッコつかないもんな」
「そうかなぁ」
「そういうもんさ。武勇伝なんてのは、大げさなぐらいの方がいい。俺の死んだ師匠も、若い頃はホラみたいな武勇伝を吹いて、名を上げたっていうし。まあ、ホラ吹きすぎて誰にも相手にされなくなったらしいけど」
国王ゴードウィンからの、ラディルに対するあまりに理不尽な処遇。
ラディルは武人としての理屈で、自分を納得させていた。
「アレスはこれから勇者として国を盛り立てていくだろう。俺はこっちで勇者としてやっていく。それでいいのさ」
サーナはジュースを飲みつつ、つぶやく。
「アレスさんも王様から利用されるだけされて、捨てられなきゃいいけどね」
「大丈夫さ! あいつは俺みたいにバカじゃないし、ちゃんと未来へのビジョンも持ってる男だからな!」
「ならいいけど」
話題はサーナの事情へと移り替わる。
「あたしはね、この町の出身じゃないんだ」
「え、違うのか?」
「うん、あたしの故郷はもうちょっと北にある“ピエニ”って村」
「ピエニか……!」意味深につぶやくラディル。「ごめん、ちょっと記憶になかった」
「そりゃ知らないでしょ。辺境に来たのも初めてなんだし、小さな村だしね」
知ったかぶりしたことを恐縮するラディル。
「それに……もう存在しないし」
サーナの不穏の言葉にラディルが眉をひそめる。
「存在しない? どういう意味だ?」
「滅びちゃったの」
「滅んだ……?」
「一年前にね。盗賊団にやられたの。村の人はみんな殺されて、村は滅んじゃった。お父さんもお母さんも……。でも、あたしはお母さんに床の下に隠してもらって、生き残ることができたの」
ラディルの表情も重くなる。
「そうか……」
一年前といえば、王国がまさに魔王軍の脅威の真っ只中にあった頃である。
辺境は魔王軍の侵略を受けることはほとんどなかったが、王都のある南部の混乱に乗じて、賊の類が暴れ回り治安が悪化した。
そのため、数多くの村や町が犠牲になったそうだ。
ラディルの顔がずうんと沈む。
「ちょっとぉ、ラディルが落ち込んでどうすんの!」
「いや、まあ、ハハ」
気を取り直して、ラディルが尋ねる。
「この町にいる理由は?」
「最初はお父さんとお母さんの仇を取りたくてね。あの盗賊団を見つけて、兵士に言って捕まえてもらおうだなんて考えてたの。だけど、やっぱり見つからなくて、この町に行きついて、居心地がよくなって……」
ラディルも、サーナが盗賊団を見つけられる可能性は低いと考える。
おそらくは、とっくに他国に渡って悪さをしているだろう。
せめて他の国で捕まって、極刑にでも処されることを祈るばかりである。
「ま、こうして出会えたんだ。これからよろしく頼む!」
「こっちこそね、ラディル!」
お互いの身の上も明かし、改めてコンビとしてやっていくことを誓った。
夕食を済ませると、ラディルはサーナに相談する。
「俺がこのクワンの町で“勇者”になるにはどうしたらいいかな?」
サーナはこれに即答する。
「実績を作るしかないでしょ」
「実績?」
「そ。闇雲に『俺は勇者だ!』なんて言い続けても、“自分を勇者だと思い込んでる異常者”って思われるだけよ」
「うぐぐぐ……」
今までに勇者を名乗った時はみんなそういう風に俺を見てたな、とラディルは肩を落とす。
「だから実績が必要なの!」
「実績っていうと、魔物や魔獣を倒すとか?」
「そんな事件、そうそう起きないでしょ。もっと身近なところから始めないと」
「身近なところ?」
「この町で“勇者”って看板を掲げて、色んな仕事をするの!」
「ほほーう。面白そうだな」
光明が見え、ラディルの顔も明るくなる。
「というわけで明日からさっそく始めようね!」
「オッケー!」
寝室で、ラディルとサーナはそれぞれのベッドに入る。
サーナがすやすや眠る姿を見て、ラディルは微笑む。
「アレス……俺はまた、頼もしい相棒と組むことができたぞ」
***
次の日の午前中、クワンの町の中でも賑やかな通りに、ラディルとサーナがいた。
皮の鎧をつけ、腰に剣を差したラディルの隣で、白いシャツとスカートを着たサーナが盛り立てる。
「さあさ皆さん、このラディル・クンベルは魔王を倒した勇者だよー!」
サーナは続ける。
「住所不定無職! 立派な勇者だよー!」
笑い声が聞こえてくる。
「お、おいおい……。ちゃんと住所はあるし、職業は一応勇者……」
ラディルが顔をしかめる。
「そして剣の達人! ラディル、この石を斬ってみて!」
ラディルは合点する。
なるほど、町民の前で力を見せるということか。
ラディルは石を放り投げて、それをスパッと斬ってみせた。
「お~」と歓声が上がる。
サーナは続ける。
「このラディル、町の人たちのために剣を使ってなんだってやるよ! 困ったことがあったら言ってね!」
町民たちがざわめく。ラディルに興味を持ち始めていることが分かる。
「どうぞよろしくぅ!」
ラディルも剣を掲げるポーズを決める。
しばらく町の人々はお互いに顔を見合わせていたが、その中の一人が言った。
「じゃあ勇者さん、薪割りとか頼める?」
「いいですよ!」
喜んで応じるラディル。
「もちろん働きに応じて料金は頂くからよろしくねー!」
サーナが付け加える。こういうところはしっかりしている。ラディルだけでは金を取るという発想は出なかった。
さっそくラディルは薪割りを頼んだ町民の家に出向く。
庭に大量の薪が山のように積まれていた。
「これを全部やって欲しいんだけど……」
「任せて下さい」
量を見て、心配になったのかサーナも声をかける。
「ホントに大丈夫? すごい量だよ?」
「平気平気。なにしろ、俺が師匠のところで最初にやらされたのは薪割りだったからな。アレスと一緒に頑張ったもんさ。一日百本ぐらいやったかな」
「百本!? 嘘でしょ?」
「あー、嘘だった。もしかしたら千本ぐらいやってたかも」
「え……」
呆れるサーナをよそに、ラディルが剣を振るう。
薪割りには自信があるという言葉は偽りではなかったらしく、瞬く間にこなしていく。
早いだけではなく、正確に二つに割っていく。
これには頼んだ町民も、サーナも目を白黒させて驚いた。
「いやぁ~、すごかったよ。“勇者”を名乗るだけのことはある! これお礼ね!」
「へへ、毎度あり」
手に入れた硬貨を見つめ、ラディルがしみじみとつぶやく。
「これが……実績ってやつか」
「そうそう! お金は稼げるし、ラディルの剣の腕は知れ渡るし、一石二鳥!」
「よーし、この調子でこの町の勇者を目指すか!」
これまでは漠然と闇雲に勇者を名乗っていたラディルだったが、サーナのおかげでようやくその道筋が見えてきた。