第7話 はじめてのおとり捜査
辻斬り逮捕のために、サーナはおとり捜査を提案した。
「犯人は夜な夜な人や牛を斬ってるんでしょ。だったら無防備に夜道をぶらつけば、犯人の方から現れてくれるはずよ!」
「なるほど、つまり俺がぶらつけば……」
サーナはラディルの肩に軽くチョップをする。
「お兄さんがうろついても、犯人は出てこないでしょ。剣持ってる相手に辻斬りするなんてまずないよ」
「確かに……だけどどうすんだよ?」
「囮はあたしがやる!」
「君が?」
「うん、あたしみたいなか弱い女の子なら、辻斬りも出てくるでしょ」
「か弱いかなぁ?」
「なんか言った?」
ジロリと睨まれ、ラディルは委縮する。
とはいえラディルは不安だった。
こんな小さな女の子に囮役をさせることが。
「お兄さんはあたしの三十歩ぐらい後をついてくればいいから!」
「うーん……。しかし、大丈夫かな……」
「疑いを晴らすためなんだよ! 覚悟を決めて!」
こんな少女に「覚悟を決めろ」とまで言われたら、もはや答えは一つしかなかった。
「分かったよ……やろう!」
ラディルはサーナの案を飲み、おとり捜査をやる覚悟を決めた。
「二人で辻斬りを捕まえようぜ!」
「うん!」
ラディルとサーナはガシッと手と手を握り合った。
***
夜が更け、ラディルとサーナはおとり捜査を開始した。
サーナが夜道を歩き、ラディルが少し離れてついていく。
サーナは平然としたものだが、ラディルはドキドキしていた。
アレスと組んでいた時はアレスを守る必要なんてなかったし、もちろんおとり捜査などしたことはなかった。
魔族は放っておいても、向こうから襲いかかってくるからだ。
いわば、はじめてのおとり捜査――ラディルは自分がサーナを守れるかどうか心配だった。怪しい気配があったら、すぐに彼女を庇わなければならない。
しばらく歩く。
何も起こらない。
さらにしばらく歩く。
何も起こらない。
長めの散歩といえるぐらいの時間が経過し――
「なぁ、サーナちゃん、そろそろ帰らない?」
「なに言ってんの! まだ始めたばかりじゃない!」
両者の根気の差が出ている。
ラディルは敵と対峙し、どちらが先に仕掛けるかという局面になった時、大抵先に仕掛けるタイプだった。
もちろん、それで勝利できるほどの実力はあるのだが。
「でも全然現れないぞ、辻斬りなんて。毎日やってるわけじゃないだろうし」
「こういうのはね、気長にやるのが大事なの、魚釣りと一緒!」
「釣りかぁ……。俺、あまり得意じゃないな」
ラディルとサーナは夜の町を歩き続ける。
王都の夜は人通りも多く賑やかだが、クワンの町の夜は静かなものである。
あまりに何も起こらないので、思わずラディルがあくびをする。
その時――
「きゃっ!」
「クックック……」
暗闇の中にうっすら光るものがあった。
刃物である。
出たか、辻斬り!
ラディルは剣を抜き、身構える。
常人より夜目が利く彼の目は、即座にその正体を暴いた。
「君は……!?」
いたのは町長の息子ダニエル・バーグだった。
初めて会った時は爽やかな好青年だったはずの彼が、目を血走らせ、剣を握り締めている。
左手を上にした、左利きの握り。サーナの推理した“辻斬りは左利き”とも一致する。
「君なのか? 君が辻斬りなのか!?」
ラディルが声をかけても反応しない。笑っている。
「剣を振り回す……楽しい。剣で斬る……楽しい」
これまでは冷静だったサーナも、さすがにたじろいでいる。
「この人、あたしも知ってる。町長さんの息子さんだわ」
「ああ、俺もこないだ会った。そういや左利きっぽかったな」
「犯人は分かったし、逃げよう! お兄さん!」
これにラディルは余裕で返す。
「逃げる? なんで?」
「だってこの人話が通じそうじゃないもん! お兄さんだって危ないよ!」
ラディルはため息をつく。
「おいおい、甘く見られたもんだな、俺も」
「え?」
「正体も分からない犯人を捕まえるとか、おとり捜査なんてのは初めてやったから不安だったけど、敵が出てきてくれたんなら、もう怖くない。ここからは俺のターンだ」
「ターンって……お兄さん勝てるの!?」
「ああ、相手が魔王以上でなきゃ勝てる」
「え……」
二人が喋っている間にダニエルが間合いを詰めてきた。
「斬るッ!」
ブンブンと剣を振り回す。
だが、動きは素人そのものでラディルからすれば止まって見える。
スイスイとかわしてしまう。
「さて、どうしたもんか……」
相手は辻斬り犯、まして殺意をもって斬りかかってきている。
返り討ちにしてしまっても罪には問われないだろう。
が、相手は町長の息子。
なるべくなら穏便に済ませたいところである。
――などとラディルは考え、不敵な笑みを浮かべる。
「よし、決めた!」
ラディルは剣に狙いを定める。
ダニエルが振り回す剣に強烈な一打を与え、弾き飛ばした。
カランカランと剣が地面を転がる。
その瞬間、ダニエルの目つきが戻った。
「……ううっ」
倒れそうになるのをラディルが支える。
ダニエルの目が、好青年のそれに戻っていた。
「ぼ、僕は何を……」
辻斬りをやっていた自覚がないらしい。
この症状を見て、ラディルは彼に何が起きていたかを看破する。
「なるほど、あの剣……“妖刀”だな」
「妖刀?」サーナが尋ねる。
「分かりやすく言や、“呪われた剣”ってこと。彼はこの剣に操られてたんだな」
ダニエルはひとまず休ませることにして、ラディルは剣に近づく。
一見普通の剣だが、改めて見ると禍々しいオーラを発していた。
優れた剣士であるラディルだからこそ感じ取ることができる。
「町長さんは色んな剣を集めてた。多分、その中にこいつが混ざってたんだろうな。で、それを手にしたダニエルは操られてしまった……」
「どうするの、その剣?」
「こんな危ない剣、放っておくわけにもいかないし、回収するしかないだろ」
ラディルは自分の剣を鞘に納め、妖刀を握る。
「ん!?」
妖刀が語りかけてきた。呪われた武具に相応しく、低く、重い声である。
『ククク……バカめぇ! オレ様を握ったな!?』
「これは……!」
『オレはな、オレを握った奴の心を操り、心の奥底の欲望を引き出すことができるのだ! さっきのガキは“剣を振りたい”“何かを斬りたい”って欲望を持ってたから、それを引き出したら辻斬りになってくれやがった!』
呪われた刀身から紫色のオーラがにじみ出る。
『だが、所詮はいいとこのガキ。剣術は素人で、“人を斬りたい”とは思ってなかったから、大した辻斬りにはなれなかった。その点お前は期待できそうだ』
妖刀からすれば、ラディルこそが求めていた人材だった。
こいつの心と体を乗っ取れば、存分に暴れられる。
『さあさ、お前の欲望は何かなぁ!?』妖刀が笑う。
「お……お兄さん!」サーナも叫ぶ。
「……」
ラディルは妖刀を高く掲げた。
「俺は……勇者! 親友のために“勇者”になる!!!」
こう宣言してみせた。
『……は?』
「……へ?」
妖刀もサーナも呆れている。
「なんだ今のは……恥ずかしいことやらせやがって」
我に返ったラディルが赤面する。
『こいつ……もう一度!』
妖刀が再びラディルの意識を乗っ取ろうとするが――直後、気づく。
な、なんだこいつは!?
これほどの力量の剣士……出会ったことがない。
こいつは……乗っ取れない!
先ほどは不意打ち気味だったので、一瞬ラディルの意識を奪えたが、もはやどうしようもなかった。
ラディルも妖刀が観念したことを悟る。
「よしよし、大人しくなったか」
「何があったの、お兄さん?」
「暴れ馬を押さえつけたってところかな」
「ふうん……?」
ラディルは妖刀の刃を両手でわし掴みにする。
「ようするにこいつが真犯人だったってわけだ。死人や重傷人が出なくて本当によかった」
『うぐぐ……』
「さて、こいつをどうするか……このままヘシ折っちゃうか」
ラディルが指に力を込める。
『あだだだだ……! やめてえええ……!』
妖刀が情けない声を出す。
すると、サーナが待ったをかける。
「まあまあ、お兄さん。そいつにも色々説明させないといけないし、とりあえず折るのはやめとこうよ」
「それもそうだな」
ラディルが力を込めるのをやめると、妖刀はホッとしたように一息ついた。
「事件の説明は明日やるとして……やったな、サーナちゃん!」
「うん、お兄さん!」
辻斬り事件を見事解決。
ラディルとサーナは笑い合った。
***
次の日、ラディルとサーナは町長宅にて、一連の事件を報告する。
犯人だったダニエルも剣に対して憧れや危険な欲望はあったものの、根は悪人ではなく、言い逃れするようなことはしなかった。
町長ドルンとダニエルの父子はもちろん平謝りをした。
「申し訳なかった! 息子がとんでもないことを……!」
「皆さん、申し訳ありませんでした……!」
妖刀のせいとはいえ、人を斬ったことには変わりない。
しかし、被害にあった町民たちはいずれも軽傷で、長年町長には世話になっているということもあり、水に流してくれることになった。
そして、容疑者とされたラディルにはもちろん――
「すまなかった!」
「あんたを疑ってしまった!」
「申し訳ない!」
これをラディルは寛大に許した。
元々こういったトラブルを引きずるタイプではないし、「許しちゃう俺ってかっこいい……」と自分に酔うところもあった。
最初は無愛想だった町長ドルンも、ラディルの実力を認める。
「あなたには大変な借りができた。あなたに何かあれば、ワシらはすぐ力になります」
この辺境の町でそれなりのコネができた格好である。
妖刀はというと、ラディルが自宅に保管することになった。
次悪さしたら叩き斬るからな、と脅された妖刀は、
『サーセン……』
と剣のくせに縮こまっていた。
ひとまず一件落着し、ラディルはサーナに礼を言う。
「今回は君のおかげで助かった」
「ううん、こっちこそ。お兄さんがあんなに強いとは思わなかった」
「ところで……俺は辺境には初めて来てね。この町で自分の家は確保したけど、まだまだどうしていいか分からないって状態なんだ」
「うん」
「だからさ、俺たち組まないか?」
ラディルからの提案に、サーナは口の端を嬉しそうに曲げる。
「いいけど、タダじゃやだよ」
「分かってる。とりあえず君の衣食住は保証する」
「よっしゃ! 受ける!」
「ホントかい!」
「うん、ホント!」
これは施しではない。対等な契約である。
「それじゃよろしくな……サーナちゃん」
「サーナでいいよ。ただし、あたしもラディルって呼びたい」
「いいとも。頼むぞ、サーナ!」
「うん、ラディル!」
二人はニコリと笑った。
ラディル・クンベルとサーナ・ミリシュ。
追放された勇者と両親のいない女の子が、今ここにコンビを結成した。