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第5話 辺境暮らしの始まり

 町の東に向かうと、町長ドルンの言う通り空き家がいくつもあった。

 クワンでは大昔に辺境暮らしに見切りをつけた人が集団で出て行く事態が起こり、その時多くの空き家が生まれてしまったという。

 これらを取り壊すにも費用がかかるので、手つかずのまま残ってしまったのである。


 物色し、ラディルがある一軒家に決める。


「よーし、この家にしよう! ビビビッとくるもんがあったしな!」


 ドアを開けると埃がもわっと舞う。


「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ!」


 長らく誰も住んでいなかった廃屋なので、当然ながら掃除はされていない。

 しかもあちこちボロボロである。


 リビング……らしき部屋があり、キッチン……らしき部屋があり、寝室……らしき部屋がある。火種さえあれば風呂も使えるようだ。


「うん……なかなかいい家じゃないか!」


 やや虚勢ぎみに新居を褒めるラディル。

 埃まみれのベッドに横たわると、ラディルの辺境一日目は終わりを告げた。



***



 翌日から、ラディルは本格的に家の修繕・改築を開始する。

 魔王を倒した体力と、魔王を倒して得た金はあるのだ。大丈夫、やれる。とラディルは己を奮い立たせる。


 まずは箒やモップなどの清掃用具を買って、家の中を丁寧に清掃する。

 ラディルは元々アレスと共に剣を習っており、その際は道場の清掃をさせられたものである。

 清掃はスピーディかつ丁寧だった。


「おっしゃあ、ピカピカになったぞ!」


 新築同然とまではいかないまでも、目立った汚れのなくなった部屋の数々を見て満足する。

 さらに傷んだ壁を修復したり、町で家具を買ったり、着々と家の改築を進めていく。


 お、面白い……!


 ラディルは自分の中の大工魂が目覚めているのを感じていた。


 剣士じゃなく大工を目指すのもアリだったかも、あー失敗したなぁ、などと空想する。

 その場合、俺はノコギリで魔王に立ち向かったのかな。


 やがて、ラディルの廃屋改築は一応の目処が立った。

 まずは家の出入り口に面するリビング。

 腰の高さのテーブルに、来客にも対応できるよう椅子を四つ用意。

 くつろげるようソファも購入した。ただしなるべく安物にしたが。

 続いて寝室。

 埃だらけだったベッドは綺麗に清掃され、ぐっすり眠れるように仕上がった。

 本棚もある。ただし、本は一冊もないが。寂しいので、壺などを並べておく。

 キッチン。

 一通りの調理器具を揃え、火打石も用意してある。これでいつでも温かい料理を食べられる。

 風呂も用意したいが、それはおいおい考えよう。

 

 ラディルは満足し、近隣を歩き回る。

 「今度越してきた者ですが」と自己紹介するためだ。


 とはいえ、町で「“勇者”のラディル・クンベルです」と言うと、やはり――


「ハァ?」

「お前さん、頭おかしいのかい」

「冗談でもそういうこというもんじゃないよ」


 冷たい反応が返ってきてしまうが。


 辺境は魔族からの被害をさほど受けていない。

 しかし、それでも“勇者”という称号は尊敬すべき対象であるようだ。

 ラディルのようにうかつに自称すれば、軽蔑され、冷笑されてしまう。


 ラディルは悔しがりつつも、嬉しくもあった。

 なぜなら親友アレスがそれだけ評価されているということであり、自分たちのやった偉業が評価されているということでもあるのだから。


「俺がアレスんとこまで名を轟かせるのはいつになるやら……」


 こんな愚痴をこぼしてしまうのはご愛敬であるが。


 日が沈み、ランプの薄明りの中、食事の準備をする。

 丸いパン、ハム、レンズ豆、そしていくらかの野菜がテーブルに並ぶ。


「うめぇ~!」


 食事を楽しむラディル。

 食べ物も美味しく、辺境暮らしも悪くないなと浮かれる。


 この日は家の改造のため、たっぷり動いたのでぐっすり眠ることができた。



***



 次の日以降も、ラディルはのんびりとクワンでの暮らしを楽しむ。

 そして、七日目には――


「ついに風呂も作ったぞ~!」


 陶器製の浴槽を暖炉で温められるようにし、湯に浸かるラディル。

 鍛え抜いた体に、湯の熱が染み渡る。

 生き返るような気持ちよさで、つい鼻歌まで歌ってしまう。


「フンフ~ン、俺は勇者~、追放された勇者~」


 玄関のドアがノックされる。

 歌がうるさかったかな、とラディルは焦る。


 すぐ風呂を上がると、ラディルはシャツにズボンというラフな格好で外に出た。念のため腰に剣も差す。

 すると、数人の町民がいた。


「なんでしょうか……?」


 町民たちはラディルを睨んでいる。

 何事かとラディルは怯む。そんなに音痴だったかな、などと考えを巡らせる。

 その中の一人が言った。


「ここ数日、辻斬り事件が起こってる」


「へ? 辻斬り?」


 ラディルからすれば、寝耳に水である。

 そんなことがあったんですか、と聞こうとすると――


「犯人はあんただろ!」


「え、俺が? 犯人!?」


 ラディルは当然身に覚えなどない。

 この一週間はマイホーム改造に夢中だったのだから。

 彼らは次々に被害を訴える。


「俺はこの通り、闇の中で剣を振りかぶってきた奴に右腕を斬られた……!」

「ウチの牛はお尻の左部分を斬られた!」

「あんたは腰に剣を差してるし、自分が“勇者”だなんて名乗ってた! 怪しすぎるんだよ!」


 詰め寄られ、慌てるラディル。


「いや、俺は辻斬りなんて……!」


「このまま番兵のところに突き出してやる! 覚悟しろ!」


 辺境生活を始めたばかりなのに、なんでこんなことに……風呂上がりだというのに、汗まみれになるラディルであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >ノコギリで魔王に立ち向かったのかな。 いやいやいや。 お。 いや、ありかも。 「そんなわけないでしょ」 ですよねー >「フンフ~ン、俺は勇者~、追放された勇者~」 私レベルですよ(笑) …
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