第4話 クワンの町
エラド王国の北部は“辺境”と総称される。
王都がある南部は温暖で、自然も豊かで土壌にも恵まれ、栄えている。
一方、ラモン山脈より北の辺境は、平均気温は低く、空気は乾いており、土壌も肥沃とは言い難い。
王都からもそこまで重要視はされておらず、半ば放置されているような状況であった。
魔王が現れた際も、その被害はほとんど受けていない。
領土こそエラド王国だが、もう一つの国といってもいいような地域。
だからこそ、ラディルの追放先としては持ってこいだったといえる。
さて、彼がたどり着いたクワンの町であるが――
「やっぱ王都や俺が知ってるような町とは全然違うな……」
ラディルが知っている王都を始めとした大都市は、家や建物が整然と立ち並び、道路も石で舗装され……という町並みだった。
しかし、クワンの町はそうではない。
道らしきものはあるが、舗装されているとは言えない。
家もぽつんぽつんと点在している、という感じである。
しかし、ラディルは今日からここに住むのだ。
まずは町の責任者に挨拶しないとな、と町民に尋ねる。
「南から越してきた者なんですけど、町の一番偉い人ってどこにいます?」
「南から? あんたも変わった人だねえ。町長なら……この町の中心はなだらかな丘になってて、そこにある大きな家に住んでるよ。この道まっすぐ行けば分かると思う」
「どうもありがとう」
ラディルが向かおうとすると、町民が呼び止める。
「ああ、そうそう。あんた……名前はなんて言うんだ?」
「俺ですか……」
ラディルは少し考えてから、こう答えた。
「俺は“勇者”ラディル・クンベルです!」
町民は「ハァ?」と返すと、肩をすくめた。
頭のおかしい奴がやってきたな、という表情をしている。
まあ、こうなるよな。でも、これから名前を広めていかなきゃ、とラディルは歩く。
町長の家に向かう道中――
道端で膝を抱えて座っている少女がいた。
肩まで伸びたよれよれの栗色の髪、よれよれの白いシャツ、よれよれのスカート。
しかし、顔つきは可愛らしく、そして凛々しかった。
ラディルが抱いた第一印象は「みすぼらしい子」でも「可愛い子」でもなく、「賢そうな子」だった。
興味を抱き、話しかける。
「君は? 名前は? お父さんやお母さんは?」
ラディルが尋ねると、少女はラディルを睨みつける。
「人に何かを尋ねる時は、そっちから名乗るものじゃない?」
鋭く切り返されたラディルだが、悪い気はしなかった。
その通りだと思った。
「俺はラディル。ラディル・クンベル。えーと、勇者だ」
少女は“勇者”と聞いて笑う。
「あたしをバカにしてんの? 魔王を倒した勇者がアレスって名前だってことは、みんな知ってるよ」
「ところがどっこい! 俺も勇者なんだよ! ガチで!」
「ふーん……」
冷たい眼差しを向ける少女。
うぐ……やっぱりこうなるか。心の中でうめくラディル。
「ま、いいや。あたしはサーナ・ミリシュっていうの。お父さんもお母さんもいないわ。死んじゃったから」
「そうか……」
少女の名はサーナといい、現在は孤児とのこと。
思わぬ答えに、ラディルの声もトーンが落ちる。
そして、麻袋から金貨を一枚取り出す。
「話し相手になってくれてありがとよ。これはお礼だ」
サーナに差し出す。
すると、サーナは猛烈な勢いで投げ返した。
「いでっ!」
「バカにしないで。あたしは一人でも生きていけるから。施しなんかいらない!」
サーナはプイッとそっぽを向いてしまう。
「悪かった。今のは無神経だった」
ラディルも安易に同情したことを素直に謝る。
謝りつつ、ラディルはサーナのことを気に入っていた。
「俺は今度、この町で暮らすことになってね。縁があったらまた会おう」
「気が向いたらね」
サーナも薄く微笑んだ。
またこの子と話してみたいもんだ、という思いを抱きつつ、ラディルは町長宅を目指した。
やがて、ラディルは町長宅を見つける。
町民の言う通り、なだらかな丘の上にある大きな屋敷だった。
使用人に取り次いでもらうと、すぐに町長に会うことができた。
結構ヒマなのかな……などとラディルは心の中でつぶやく。
町長の名はドルン・バーグ。少し頬の皺が目立つ、壮年の男であった。
ラディルは挨拶をする。
「こんにちは、町長さん」
「なんだい、あんた?」
ぶっきらぼうな口調。ラディルの知っている町長職の人間とは少し違う。
「ラディル・クンベル。職業はえーと……」
ラディルは少し迷ったが――
「“勇者”です」
ドルンは首を傾げる。さらに自分の頭を指差すジェスチャーをする。
「あんた、頭おかしいのかい?」
「あ、いや、決してそんなことは……」
やはり頭がおかしい男扱いされてしまう。
「ま、こんな町に来るのはあんたみたいなおかしい奴が多いがね」
自嘲気味に笑うドルン。
辺境には何かしらの事情を抱えている者が来ることが多い。あからさまな奇人変人や、浮浪者まがいの人間が町にやってくるのは慣れっこなのである。
「住める場所なら、いくらでもあるよ。町の東にいくつか空き家があるはずだ。そのどこかに住むといい。ただし、住民になるからにはいくらかの賃料は頂くし、税も納めてもらうことになるがね」
「ありがとうございます」
当面の間、金の心配はいらない。
ひとまず住む場所は確保することができたラディルだった。
すると――
「父さん!」
目鼻立ちの整った、爽やかな青年がやってきた。
ドルンの長男ダニエルである。
「あれ、その人は? お客さん?」
「今日からこの町で暮らす人だそうだ」
ラディルはすかさず名乗る。
「ラディル・クンベル。勇者です」
懲りずに勇者を名乗るラディルにドルンは呆れるが、ダニエルは笑顔になった。
「へえ、あなたは勇者なのか!」
お、信じてくれたのか、と目を見開くラディル。
「アレス様に憧れて勇者を名乗ってるんだね、僕もそういうの分かるよ!」
違うんだよなぁ……とラディルはがっくりする。
「それより父さん、僕も18になったし、真剣で稽古をしていいだろう? 父さんのコレクション、使わせてくれよ!」
「うーん、まぁいいだろ。ただしくれぐれも気をつけるんだぞ」
この父子の会話にラディルが割って入る。
「コレクション?」
「ああ、息子は剣や剣術に憧れててね。ワシも刀剣類に憧れがあって結構コレクションをしとるんだ。血は争えんというやつかな」
「へえ……」
ラディルはダニエルの両手を見て、それなりに剣は振るってるみたいだな。あの感じだと……左利きか、などと推測する。
剣のこととなると、どうしても気になってしまう。
町長宅から出たラディルは、サーナにもう一度会おうと探すが、いなくなっていた。
残念。もう一度話したかったな――ラディルは思った。